診療所の始まり
明日香は村の小さな診療所の扉を押し開けた。
木造の建物は古びていて、床は軋む音を立てる。外からは、朝日の光が差し込み、埃がふわりと舞っていた。
町の人々が待つ長椅子には、子どもや老人、怪我をした若者たちが座っている。
見慣れない服装や道具に戸惑う様子もあったが、目は明日香をじっと見つめていた。
「……よし、今日も頑張ろう」
小さく呟き、彼女は手袋をはめる。
病弱な身体がまだ完全に回復していないことを思い出し、軽く背伸びをする。
最初の患者は、熱にうなされる小さな男の子。
母親が必死に抱きかかえ、涙を流している。
「大丈夫、私が診ますから……」
優しく微笑み、手に触れながら体温を測る。
現代の知識を思い出し、熱を下げる方法、脱水を防ぐ方法を次々と指示する。
だが、薬も設備も十分ではない。
焦る明日香の前で、魔法医師が呪文を唱え、男の子の熱を下げようとした。
確かに魔法は効果がある。しかし、男の子はまだ不安そうに泣き続けている。
そこで明日香は、自分の手で男の子の額を撫で、声をかけ続けた。
「大丈夫だよ、怖くない。私がそばにいるから」
しばらくすると、泣き声は少しずつ落ち着き、男の子の呼吸も整った。
母親は感激の涙を流し、明日香に深く頭を下げた。
「あなた……まさか、手だけで……?」
魔法医師も目を丸くする。
明日香は首を横に振る。
「手だけじゃなくて、心も一緒に触れるんです」
その言葉は、診療所にいる全員の胸に響いた。
小さな町の人々は、異国から来た少女に少しずつ心を開き、信頼を寄せ始める。
午後になり、疲れが身体を重くする。
病弱な体はまだ無理を許さない。
それでも、明日香は患者の笑顔を見ると力が湧いてくる。
「……この町の人たちを、絶対に救いたい」
夕方、診療所の外でリオンが立っていた。
「今日も頑張ったな」
明日香は小さく笑い、少しだけ手を握る。
二人の絆は少しずつ深まっていく――
そして、この小さな診療所が、異世界での彼女の新しい戦場になるのだった。