かすかな違和感
穏やかな朝だった。
診療所の前には花を手にした人々が集まり、リリアは笑顔でひとりひとりの声に耳を傾けていた。
「本当にありがとう、看護師様のおかげで……」
「うちの子も元気になりました!」
温かな感謝の言葉を受け取りながら、リリアの心は満たされていた。
――けれど。
その中に、ほんのかすかな違和感が混じっていた。
市場に並ぶ果物の中に、見慣れぬ紫色の実。
街角で薬を売る行商人の声が、どこか焦りを含んでいるように聞こえた。
そして何より――診療所に訪れる患者たちの中に、説明のつかない咳をする者が増えていた。
「風邪かな……でも、熱はないし」
カルテに記すリリアの眉がわずかに寄る。
看護師としての直感が告げていた。これはただの風邪じゃない。
診察を終えたあと、リリアはカイルに小声で囁いた。
「ねぇ……なんだか嫌な感じがするの」
「俺も気づいてた。街の警備の報告にも、小さな異変が増えてる」
カイルの声も低く、真剣さを帯びていた。
穏やかな日常の影に潜む、不穏な揺らぎ。
それが、やがて大きな渦へと広がっていく――
リリアはその予感に、背筋を冷たいものが走るのを感じた。