笑顔の裏、秘密の胸
診療所に朝の光が差し込む。
昨日の戦いが嘘のように静かで、窓から差し込む柔らかな光が患者たちを照らしていた。
リリアはまず、まだぐったり眠っている患者の布団を直す。
小さな手にそっと触れ、微笑みを向ける。
「ゆっくり休んでね……」
その声に、背後からカイルが苦笑を浮かべた。
「お前、まるでお母さんみたいだな」
リリアは肩をすくめて笑う。
「それはちょっと違うけど……でも、守りたいの」
セリナはそわそわと歩き回り、薬や包帯を並べ直している。
「リリア、昨日は本当に……ありがとう。あなたがいなかったら……」
言葉を止め、目を潤ませるセリナに、リリアは手を握って微笑む。
「大丈夫。みんな無事でよかった」
だがその時、胸の奥がざわついた。
昨夜の光の代償――体力と命の削れ――はまだ消えていない。
リリアは小さく息を整え、誰にも悟られないように自分の背中を伸ばした。
午前中、庭に出ると、患者の子どもたちがリリアの周りに集まる。
小さな手で薬草を摘み、笑いながら「リリアお姉さん見て!」と声を上げる。
彼女は自然に笑い、手を差し伸べる。
でも、心の奥では痛みが波打ち、手のひらの熱がほんの少し冷たくなるのを感じた。
(……誰にも言えない。言ったら、みんな悲しむ。私だけの重荷として抱えていくしかない……)
昼食時、仲間たちと食卓を囲む。
カイルは昨日の戦闘の話で冗談を言い、セリナはくすくす笑う。
クロードはじっとリリアを見つめるが、問いただすことはしない。
笑い声が場を満たし、束の間の平和がそこにあった。
夕方、リリアはひとり、診療所の屋上に上がる。
街並みがオレンジ色の光に染まる中、仲間や患者たちの笑顔を思い浮かべる。
胸の奥でまだ疼く痛みを押し殺し、彼女はそっと拳を握った。
(この光を使うたびに、私の時間が少しずつ削られていく……でも、みんなを守るためなら……)
夜、ろうそくの明かりの下で日誌を開く。
今日の記録、患者の回復状況、仲間の支え――全てを書き留める。
文字にすることで、少しだけ心が落ち着く気がした。
診療所の外では、夜風が静かに吹き抜ける。
リリアの瞳には、決して消えない覚悟の光が宿っていた。
誰も知らない、胸の奥の秘密とともに。