崩れ落ちる祈り
その夜明けは、異様な静けさで始まった。
リリアは仮眠から目を覚まし、すぐに患者たちの様子を確かめに行く。
だが、ひとりの少年の呼吸が――浅い。
「っ……心臓の鼓動が弱い!」
彼の母親が泣き崩れる声が響き、部屋の空気が凍りつく。
リリアは瞬時に処置を始める。冷たい額に触れ、薬を喉へ流し込む。
必死に名を呼びながら――
「まだ……あなたは、ここにいて!」
だが少年の手は小さく震え、力を失いかけていた。
その瞬間、リリアの脳裏に“前の世界”の光景がよぎる。
病院のベッド。消えていった子どもの温もり。
救えなかった命の重さ。
「……いや……もう二度と……!」
涙で滲んだ視界の中で、リリアは彼の胸に耳を当てる。
――かすかな鼓動。
それはまるで消えそうな灯火のように、細く弱々しい。
「諦めるな……! ここで失わせはしない!」
リリアの声に呼応するかのように、周りの人々が祈りを口にした。
母は震える声で、セリナは涙をこらえて、カイルは拳を握りしめて。
クロードは必死に魔法で温めの術を重ねる。
――祈りと必死の処置の中、少年が小さく息を吸った。
「……っ、あ……」
次の瞬間、かすかな呼吸が戻る。
リリアの頬を伝う涙は止まらない。
「よかった……よかった……!」
人々の胸に走った希望と安堵の波。
しかし、その夜明けに合わせて、外から重い扉を叩く音が響き渡る。
――ギルドの追手だ。
命の火がようやくつながったその瞬間、別の嵐が押し寄せてきた。