表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/60

静かな夜、揺れる心

 隔離施設の夜は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 だが、空気は張り詰めている。どこか遠くで、まだ咳き込む声が聞こえるからだ。


 リリアはろうそくの明かりの下で、患者のカルテ代わりに書き付けたメモを整理していた。

 体温、発疹の数、呼吸の状態。ひとつひとつを確認しながら、疲労で瞼が重くなる。


「……少しは休めよ」

 背後から声をかけてきたのはカイルだった。

 剣を肩に担ぎ、見張りを終えて戻ってきたらしい。


「まだダメ。記録は命を守るための“地図”だから」

 そう言って微笑むリリアに、カイルは苦笑する。

「……ほんと、お前は変わってるな。普通は諦める状況だぜ」


 リリアは少し俯き、ペンを止めた。

「諦めたくなかったの。……前の世界で、救えなかった子がいるから」


 その声は小さく、しかし確かに震えていた。

 カイルは一瞬だけ驚いたが、何も言わず、ただそっと背を支えた。



 一方、隣の部屋ではセリナが煎じ薬の調合を繰り返していた。

 だが失敗ばかりで、焦げ臭い匂いが漂ってくる。

「ごめんなさい……役に立ちたいのに、足を引っ張ってばかり……」


 そんな彼女を見かねて、クロードが優しく笑った。

「大丈夫だよ、セリナ。僕も最初は魔法の調合で散々失敗した。

 でもリリアさんは“できることからでいい”って、いつも言ってるじゃないか」


 セリナの目に、わずかな光が戻る。

「……そうだよね。わたしにできることを、ひとつずつ……」



 その夜、患者のひとりが小さく歌を口ずさんでいた。

 不安に怯える子どもをあやすための子守唄。

 静かな旋律が施設全体に広がり、人々の緊張を少しだけ和らげていく。


 リリアはその声を聞きながら、ろうそくの火を見つめた。

(明日も戦いは続く……でも、希望の灯りは消えていない)


 静かな夜が、クライマックスの嵐を迎える前の“あたための時間”となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ