静かな夜、揺れる心
隔離施設の夜は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
だが、空気は張り詰めている。どこか遠くで、まだ咳き込む声が聞こえるからだ。
リリアはろうそくの明かりの下で、患者のカルテ代わりに書き付けたメモを整理していた。
体温、発疹の数、呼吸の状態。ひとつひとつを確認しながら、疲労で瞼が重くなる。
「……少しは休めよ」
背後から声をかけてきたのはカイルだった。
剣を肩に担ぎ、見張りを終えて戻ってきたらしい。
「まだダメ。記録は命を守るための“地図”だから」
そう言って微笑むリリアに、カイルは苦笑する。
「……ほんと、お前は変わってるな。普通は諦める状況だぜ」
リリアは少し俯き、ペンを止めた。
「諦めたくなかったの。……前の世界で、救えなかった子がいるから」
その声は小さく、しかし確かに震えていた。
カイルは一瞬だけ驚いたが、何も言わず、ただそっと背を支えた。
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一方、隣の部屋ではセリナが煎じ薬の調合を繰り返していた。
だが失敗ばかりで、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「ごめんなさい……役に立ちたいのに、足を引っ張ってばかり……」
そんな彼女を見かねて、クロードが優しく笑った。
「大丈夫だよ、セリナ。僕も最初は魔法の調合で散々失敗した。
でもリリアさんは“できることからでいい”って、いつも言ってるじゃないか」
セリナの目に、わずかな光が戻る。
「……そうだよね。わたしにできることを、ひとつずつ……」
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その夜、患者のひとりが小さく歌を口ずさんでいた。
不安に怯える子どもをあやすための子守唄。
静かな旋律が施設全体に広がり、人々の緊張を少しだけ和らげていく。
リリアはその声を聞きながら、ろうそくの火を見つめた。
(明日も戦いは続く……でも、希望の灯りは消えていない)
静かな夜が、クライマックスの嵐を迎える前の“あたための時間”となった。