黒い村へ
王都から馬車で二日。
ユイとリオンは、王国が派遣する調査隊とともに疫病が広がる村へ向かっていた。
車輪のきしむ音、兵士たちのざわめき。
けれどユイの耳に残るのは、王女の言葉だった。
——黒い斑点、吐血、死に至る病。
ユイは頭の中で必死に可能性を整理していた。
ペスト? 出血熱? それとも、まだ知られていない感染症?
「顔色が悪いぞ、ユイ」
リオンが心配そうに覗き込む。
ユイは苦笑しながら答えた。
「ちょっと考えすぎてただけ。でも大丈夫、やれることはあるから」
彼女の手の中には、診療所で借りた数冊の古い医書と、持参できた最低限の布と石鹸。
たったそれだけ。
でも、それが命を守る“武器”になる。
やがて村が見えてきた。
遠くからでも分かる——沈黙と死の気配。
窓を閉ざした家々、黒い布で覆われた扉。人影はほとんどない。
馬車を降りた途端、鼻を突く異臭がユイを襲った。
汗と血と腐臭。
思わず口を押さえるが、兵士たちの顔も同じように引きつっている。
「ここが……疫病の村……」
その時、一人の村人が駆け寄ってきた。
やせ細った体、怯えた目。
「お願いです……! 子どもが、高熱で……もう、息が苦しそうで……!」
ユイはリオンと目を合わせ、頷いた。
「案内してください。すぐに」
通された家の中には、小さな少年が横たわっていた。
額にはびっしりと黒い斑点、唇は紫色に変わり、浅い呼吸を繰り返している。
母親は泣きながら少年の手を握りしめていた。
ユイはすぐに脈を取り、胸に耳を当てた。
——呼吸音は弱く、咳と血の混じった痰。
脱水もある。
(このままじゃ危ない……でも、まだ手はある)
「お水を沸かしてください! 清潔な布もできるだけ!」
ユイは声を張り上げる。
「痰を吐かせて、体を清潔に保って! そして……絶対に他の人に近づけないで!」
母親は涙を拭いながら必死に動く。
リオンも慣れない手つきで火を起こし、布を煮沸する。
兵士や調査隊員たちは戸惑いながらも、ユイの必死さに動かされていった。
——命を救うために。
病弱少女だったはずのユイが、今は村全体の希望となっていた。