宮廷からの呼び出し
診療所での出来事から数日。
ユイはリオンと共に王都の宿に滞在しながら、街の人々に簡単な手当てや看護の方法を教える日々を過ごしていた。
「清潔にすることが一番大事なんです」
ユイが子どもたちに石鹸の泡を見せながら手洗いを教えると、みんなが楽しそうに真似をする。
リオンはそんな光景を少し離れた場所から眺め、思わず頬を緩めた。
(ユイが笑ってる……。あの儚げな雰囲気が、少しずつ薄れてきてる気がする)
だがその穏やかな時間は、突然の来訪者によって破られた。
宿の玄関に、緋色のマントを羽織った使者が現れる。
「冒険者リオン殿、並びに同行者ユイ殿。王城よりお呼びがございます」
リオンが目を細める。
「……王城から?」
ユイは思わず身を固くした。
「わ、私……何か悪いことを?」
「いや、多分逆だ」
リオンが落ち着いた声で答える。
「お前の噂が広がったんだろうな。診療所で子どもを救った件、街の人間はすぐに話す」
ユイは動揺した。
自分の“看護師スキル”は、この世界では常識外れの知識に見える。
それを宮廷に知られたら——。
しかし王城の召喚を断るわけにはいかなかった。
大理石の回廊を歩きながら、ユイの心臓は早鐘を打っていた。
重厚な扉の先で彼女を待っていたのは、威厳ある姿の国王レオナルド三世、そしてその傍らに控える気品ある少女——第一王女のセレスティアだった。
「——君がユイか」
国王の鋭い視線に射抜かれ、ユイは思わず背筋を伸ばす。
「街での働きはすでに耳にしている。異国の娘が、我が民を救ったとな」
ユイは唇を噛んだ。
どう答えればいいか迷う彼女の肩を、リオンがそっと支える。
「ユイは……ただ人を助けたいだけです。どうか、変に疑わないでやってください」
国王の目が、ユイの真剣な瞳を見据える。
その一瞬、玉座の間の空気が張り詰めた。
やがて国王は深いため息をつき、低く告げた。
「——ならば、助けてもらおう。我が国を襲う“黒い疫病”から」
ユイの胸に走った戦慄は、これまでとは比べものにならないものだった。