診療所の現実
王都に入ったユイとリオンは、まず冒険者ギルドへ挨拶を済ませ、その足で東区の診療所を訪ねることになった。
建物は石壁に囲まれているものの、入り口はすり減った木の扉。中に入ると薬草の乾いた匂いと、血の匂いが混じりあって、思わずユイは息を止めた。
待合のベンチには、腕に包帯を巻いた兵士や、顔色の悪い農民、子どもを抱いた母親たちが列をなし、うめき声や咳が絶えない。
「……これが、この国の医療……」
ユイは愕然とつぶやいた。
消毒液の匂いもなければ、清潔なガーゼもない。布は使い回しで、包帯は血で真っ赤に染まっている。
リオンが隣で小声で説明する。
「この国じゃ薬師や僧侶が医療を担ってるけど、人も道具も足りてなくてな。怪我や病気は、治す前に命を落とす者も多い」
ユイの胸が痛んだ。
——あの日、病院のナースステーションで慌ただしく働いていた自分を思い出す。
あの世界では、当たり前にできたこと。
それが、ここにはない。
診療室に呼ばれたのは、咳き込みながら青白い顔をした小さな少女だった。
医師は苦い煎じ薬を渡し「これで様子を見なさい」と母親に言った。
だが、ユイの耳には少女の胸から水泡音が聞こえていた。
(これ、肺炎……!)
気づいた瞬間、ユイは黙っていられなかった。
「先生……失礼ですが、この子は咳だけじゃありません。熱は高いはずです。温めて休ませるのはもちろん、煮沸した布を胸に当ててあげてください。水も必ず沸かして」
母親は目を見開き、必死に頷く。
医師は驚きの表情でユイを見たが、咎めることはせず、深いため息をついた。
「……君、どこでそれを学んだ?」
ユイは言葉に詰まり、リオンが間に入る。
「ユイは特別なんです。俺が保証します」
診療所を出たあと、リオンはぽつりとつぶやいた。
「ユイ……お前、本当にすごいな。医者よりも的確に見抜いてた」
ユイは首を振る。
「すごくなんてないよ。ただ……誰かを救えるなら、放っておけないだけ」
彼女の胸の奥には、もうひとつの確信が芽生え始めていた。
——この世界を変えることができるのは、もしかしたら自分かもしれない。