診療所にて
王都の東門近くにある小さな診療所。
石造りの壁に囲まれた建物の中は、薬草の匂いと血の匂いが混じり合い、どこか懐かしくも息苦しい空気を漂わせていた。
ユイがリオンに付き添われて入ると、待合の木製ベンチには顔色の悪い農民や、腕に包帯を巻いた兵士たちが順番を待っている。
「ずいぶん……混んでるんだね」
小声でつぶやくユイの目に映ったのは、粗末に巻かれた布切れや、不衛生な道具で処置されている人々の姿。
——日本ならすぐに清潔なガーゼと消毒液を使うのに。
胸が締めつけられる思いだった。
「ここの先生は腕はいいんだが、人手も道具も足りてないんだ」
リオンが事情を説明する。
やがて、奥の部屋から声がかかり、ユイは一人の少女と向き合うことになった。
少女はまだ十歳にも満たないだろう。顔色は青白く、ひどい咳に苦しんでいる。
「咳止めの煎じ薬を渡しておくから、様子を見なさい」
白髪混じりの医師がそう言って少女の母親に小瓶を渡す。だが、ユイはその処方を見てピンときた。
(この子、ただの風邪じゃない……。肺炎の兆候がある)
胸を診る音がないことに気づいたユイは、思わず口を開いた。
「失礼ですが、聴診をなさらないのですか?」
医師が怪訝そうにユイを見る。
「お嬢さん、医術の心得が?」
リオンが慌てて取りなした。
「ユイは……少し特別な知識があるんです」
ユイは少女の背に耳をあて、呼吸音を確かめる。
ゴロゴロとした水泡音。
肺炎で間違いない。
「この子にはただの咳止めでは不十分です。温めて休ませるのはもちろんですが、煮沸した布で湿布をしてあげてください。あと、飲み水は必ず沸かしてから」
医師も母親もぽかんとユイを見つめる。
だが少女の苦しげな咳を見て、母親は必死に頷いた。
「やってみます……!」
診療所を出た後、リオンが微笑む。
「やっぱりユイはすごいな。俺には、ただの優しい看病に見えたけど……実際には命を救ってるんだな」
ユイは少し顔を赤らめた。
「看護師だから、できることをしただけだよ」
そう言いながらも胸の奥では確信していた。
——この世界には、まだ必要とされている知識がたくさんある。
そしてそれを使えば、もっと多くの命を救えるはずだ。