裁定の日
診療所に戻った明日香は、胸の奥がざわめいて眠れなかった。
教会の裁定は三日後――。
町の人々の視線も、心配と不安で揺れている。
「……もし明日香が“異端”だって言われたら?」
子どもを抱いた母親が、涙ぐみながら呟いた。
その言葉に、リオンが剣を握りしめた。
「俺が必ず守る。たとえ教会が相手でも」
だが、明日香は首を横に振った。
「違うの、リオン。……私ひとりのことじゃない。
これは“医療”そのものが認められるかどうかの戦いなの」
彼女の声はかすれていたが、その瞳には強い光があった。
それを見たエリナは、小さく息を吐いて笑った。
「本当に……病弱で守られるだけの子だったのかしらね。すっかり頼もしくなっちゃって」
⸻
そして裁定の日。
聖堂の広場には、町の人々がぎっしりと集まっていた。
壇上に立つ司祭は、冷徹な声で告げる。
「この娘は神を冒涜し、奇跡を偽る異端者である。教会の名において、断罪する――」
広場にどよめきが走る。
人々は戸惑い、恐怖に駆られ、声を失っていた。
その時だった。
「待て!」
低く響いた声に、群衆が振り返る。
立っていたのは――領主、レオンハルト公爵だった。
「この娘が救った命を、我はこの目で見てきた。
病に倒れ、祈りでも助からなかった子供を、彼女は救ったのだ。
その力を異端と呼ぶなら――教会は一体、誰のためにあるのだ!」
鋭い声が聖堂に響く。
町人たちの目に、次々と涙と決意の光が宿った。
「そうだ! あの子が私の息子を救ってくれた!」
「村の老人も助けてくれたじゃないか!」
「明日香さまは神様じゃない……でも、確かに私たちを救ってくれた!」
広場は次第に人々の声で満ちていく。
司祭の顔色がみるみる険しくなる。
「……庶民の言葉に惑わされるな! 神の奇跡を否定すれば――」
しかしその声を遮るように、リオンが前に出た。
剣を高く掲げ、堂々と宣言する。
「俺は騎士として、この町を守る。そして、彼女を守る。
それが――この町に生きる者の総意だ!」
人々の歓声が、まるで嵐のように巻き起こった。
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その光景を前に、司祭は唇を噛みしめた。
教会の威信が、揺らぎ始めている。
完全に退けることはできない……だが、このままでは引き下がれぬ。
司祭は吐き捨てるように言い残した。
「いいだろう……だが忘れるな。神をないがしろにする者は、いずれ必ず裁かれる」
そう告げて、白い祭服の背は聖堂の奥へと消えていった。
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明日香はその場に膝をつき、震える手を胸に当てた。
恐怖もあった。けれど――。
リオンとエリナ、そして町の人々の声が、彼女を支えていた。
「……ありがとう。私はひとりじゃないんだね」
そう呟く彼女の姿に、町の人々は心からの拍手を送った。