教会の影
町の診療所に、ある日一通の手紙が届いた。
重厚な蝋で封じられたそれは、教会からの正式な召喚状だった。
「“神の奇跡を偽る者、速やかに聖堂へ出頭せよ”……」
読み上げたエリナの声が震える。
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
教会はこの国で強大な権力を握っており、“癒し”を独占している。
もし彼らが明日香を「異端」と認定すれば、彼女の居場所はなくなるどころか――命すら危うい。
「明日香、これは……」
リオンが口を開きかけたが、明日香はきっぱりと首を振った。
「行くしかない。逃げたら、それこそ怪しまれる」
彼女の瞳には恐怖があった。だが同時に、譲れない決意も灯っていた。
⸻
翌日、聖堂。
荘厳な大理石の柱の間で、白い祭服を纏った司祭が待ち構えていた。
その眼差しは冷たく、まるで罪人を見るようだった。
「……異国の娘よ。人々を癒す力は、神より授かった奇跡である。お前は何者だ?」
その問いに、明日香は唇をかみしめる。
隣でリオンが剣に手をかけた。
エリナも必死に明日香の腕を握る。
だが、彼女は一歩前に出て、真っ直ぐに司祭を見返した。
「私は……神様じゃない。ただの看護師です。
でも……知識と努力で、人を救えるってことを証明してみせます」
その言葉に、ざわめきが広がる。
信者たちは驚き、司祭は眉をひそめた。
「知識と努力だと? 神を否定するのか」
「いいえ。私は神様を否定しません。ただ……命を救いたいだけです」
静かな、しかし揺るぎない声。
その場にいた者の胸に、小さな火が灯った。
だが、司祭は険しい顔のまま宣言する。
「その在り方、教会は看過できぬ。――裁定は、すぐに下されるだろう」
明日香は息を呑む。
嵐は、もう目の前に迫っていた。