町を超えて
明日香が町の診療所を立て直してから、数週間が経った。
小さな奇跡の連続は噂となり、近隣の村々にまで広がっていた。
「熱病を癒す少女がいる」
「祈りでも治らなかった傷が、彼女の手で癒えた」
そんな評判を耳にした旅人や商人が、次々と町を訪れる。
診療所の前には行列ができ、明日香は寝る間も惜しんで患者を診た。
だが、それは同時に――領主の耳にも届いてしまう。
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その頃、公爵家の執務室。
重厚な机の前で、領主レオンハルト公爵は眉を寄せていた。
「……異国の娘が、人々を集めている、か」
報告を持ってきた騎士団の長が、不安げに口を開く。
「殿下、あまりに評判が広がれば、教会や王都が黙ってはおりませぬ。『奇跡』を独占する彼らにとって、あの娘は脅威となりましょう」
レオンハルトは静かに目を閉じた。
だが、やがて小さく笑みを浮かべる。
「……面白い。むしろ利用すべきだ」
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一方、診療所。
明日香は疲れ切った体を椅子に預けた。
エリナが心配そうに薬草茶を差し出す。
「無理しすぎよ。あなたまで倒れたら、誰が人を救うの?」
「……わかってる。でも……患者さんの笑顔を見たら、止まれなくて」
その会話を、リオンが黙って見守っていた。
彼は剣の柄を握りしめる。
(……この子は、自分を顧みず人を救おうとする。だからこそ、俺が守らなければならない)
その瞳は、ただの騎士の使命ではなく、ひとりの男としての想いに変わりつつあった。