白衣の終わりと始まり
消毒液の匂いと、モニターの電子音。
水瀬明日香は、今日もナースステーションと病室を行き来していた。
三十歳。ベテランとは呼べないが、患者に寄り添う姿勢では誰にも負けないと自負している。
「明日香ちゃん、休憩は?」
同僚の声に、彼女は小さく笑って首を振った。
「大丈夫。今は患者さんを優先したいから」
それが、彼女らしい答えだった。
その夜勤明け、帰路についた瞬間――
視界を埋め尽くすライト。
耳をつんざくブレーキ音。
強烈な衝撃と共に、意識は闇に沈んだ。
……次に目を開けたとき。
明日香は、真っ白な天井を見上げていた。
いや、天井ではない。木で組まれた古びた梁。
鼻をかすめるのは薬草の匂い。消毒液とは程遠い、生ぬるい空気。
「……え?」
声を出そうとしたが、喉からかすれた音しか出ない。
気づく。
体が――小さい。
細く、病的に痩せた腕。指先は冷たく、力も入らない。
そこに、ドアを乱暴に開ける音が響いた。
「おい! 大丈夫か!」
駆け込んできたのは、銀髪の青年だった。
鎧の肩当てからは血が滴り、左腕は深く切り裂かれている。
「……ケガ……」
反射的に、明日香の看護師としての本能が働く。
枕元の布を手に取り、震える手で彼の傷口を押さえた。
「っ……! お、お前……」
「じっとしてて。出血が止まらない……!」
自分がどこにいるのかもわからない。
でも、この人を助けなければならない――その気持ちだけははっきりしていた。