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最弱ヒロインの帝国暗躍譚  作者: ネーム
【フラスコ事件編】1章
6/7

A2

#1

 仮にふぁっきんヒロイン選手権が開催された場合、その栄誉を勝ち取るのは誰になるかという仮定的問題は実に興味深いものであるが、白瀬桃奈を殿堂入りさせて出禁にした場合、その結果は予測困難なものになる。十人十色、みんな違ってみんな救いようが無い為だが、当時の私は翠静香を推していた。

 理由は単純、彼女は資本エントロピーの如く、常に権力の集中する体制側に位置する人間だった為だ。


 無論、これは白瀬桃奈を含めた全てのヒロインに当てはまる問題である。しかし、それを差し引いても彼女の場合はこの傾向が著しく顕著だった(※注1)。

(※注1)一番わかり易い例だと、ランダムイベントである筈の生徒会役員就任イベに、確実に彼女の名前が候補者名簿に記載される。その程度には翠静香と権力は切っても切れない関係にある。 


 そしてこれは、私が彼女を忌避する理由にもなる。現時点における白瀬桃奈最大の利点とは、捜査機関に全くマークされていない状況で4属性持ち魔術師を運用できることにある。もし彼女と接触すれば、それだけで計画が破綻しかねない。だからこそ、翠静香と邂逅するような偶然だけは避けたいと願っていたのだが。


 故に翠静香が葵姓を名乗っていることも、彼女が場末の事務所……それも国外逃亡を幇助する組織の中にいる状況が、そのときの私には奇妙に見えた。


#2

 話は、有耶無耶のままに同席を許された葵静香がソファーに腰をかけたところから再開された。

 気を取り直すように使い人がテーブルを指で叩くと、その場の視線が一斉に集中する。それを受け、改めて使い人が口を開いた。


 「改めて、単刀直入に申し上げます。伯爵はミスター葵の事業に大変興味を示されており、これを譲り受けたいと申しています」

 「要するに……事業譲渡ってことで良いのですかい?」

 「その理解で問題有りません」


 使い人が頷くと、ボスは少し難色気味な反応を返す。仄暗い暖色系の光と相まって、顔の彫りが黒黒と照らされた。


 「なるほど。他ならぬ伯爵様の御申し出だ、できれば受けたい所ではあります。しかし、契約詳細が解らないことには」

 

 そう首を横に振ると、使い人も「道理ですね」と頷く。そして今度は、懐から一本の筒が取り出された。


 「そいつは?」

 「今回の事業譲渡の為に当方で用意させて頂いた契約書です。一先ずこれを原案に詳細を詰めるという形を取りませんか」


 筒の先端部を捻る。中には使い人が言っていた通り、『事業譲渡契約書』と銘打たれた一通の契約書が入っていた。


 「どうぞ。ご確認の方を」

 「ああ……」


 促されてボスの視線が契約書の文字列を辿っていき、次第にその目が強張っていった。


 「お父さん?」


 という娘の呼びかけには答えず。一瞬だけ逡巡した後、ボスは黙って書類を隣に座る静香にも見せた。そして、同じように彼女の表情が強張った。

 機を見計らったように使い人が声を掛ける。


 「如何でしょう。ご不明、ご不満な点があれば仰って下さい」

 「いや、不明不満点は無いのだが……」


 そう言い淀み、二の句を告げずにいると、使い人の視線が今度は静香の方へ向けられた。


 「如何でしょう。御息女様の方からは何かありますでしょうか」

 「御息女って……まぁいいや。ううん。契約内容は明瞭だし、不満は無い、です」

 「しかし、言いたいことはある、と」

 「うん。この契約、私達に余りにも有利過ぎる、ます」


 じとっとした目で、契約書をテーブルに返す。それは一部不自然な空所が目立つ以外はごく平凡な契約書で。そこに記載されていた契約内容の骨子は次のようなものだった。


『①葵裕太(以外、乙とする)は、フラスコ伯爵(以下、甲)に対し、ドバウ海運商の代表権を譲渡する。

②本契約の成立を条件とし、甲は乙に対し契約日から5年間、その代表権を無償で貸与する。それ以降は、乙からの請求がある場合、甲は年100万円を超えない範囲で乙に対し代表権を貸与しなければならない。

③乙は甲の承諾無く代表権を第三者に対し処分してはならない。

④甲は乙に対し、契約締結以前にドバウ海運商が既に行っていた又は予定した業務に支障を来さない範囲で、新規業務を命じることができる。

⑤甲は乙に対し、ドバウ海運商の代表権を譲り受ける対価として合計2億円を5回に分割して毎年支払う(具体的支払時期は省略)。尚、利息等は発生しないものとする。』


 要するに「事務所は買うがこれまで通り商売をして貰って構わない」「既存事業に差し触るようなら伯爵の命令に従わなくていい」「事業不振になった場合、5年後のタイミングで完全撤退して構わない。この場合、伯爵が負債を負担する」「反対に事業が軌道に乗っていた場合、廉価で代表権を維持することができる」というものだった。


 「こんなの、裏に何かあると言っているも同然。極めつけが買収価格」

 「足りませんか」

 「反対。高すぎる……ます」


 そう、静香が首を横に振った。

 

 「お父さんの事業はどんなに高く見積もっても5000万円程度しかない。なのにこの額は、何か有ると言っているようなもの」

 「組織が有している人材やノウハウも纏めて購入する以上、案外妥当な額だとは考えませんか」

 「付加価値を入れても8000万は決して超えない。これだと事業譲渡の名を借りた、事実上の融資になる……なります」


 そう言い終えて、じっと使い人の見えない顔を覗き込むように見据える。差し出されたインスタントコーヒーが冷めきった頃だった。


 「なるほど。惜しいですね」


 小さく使い人が呟く。そして、やおらその視線が静香の方へ向けられた。

 小さく、その肩が震える。


 「君は……いや、静香さんはお父様のことを大切に思っていますか?」

 「え?家族だし。当たり前、です」


 そう頷くと、傍らの父親が決まり悪そうに禿頭をかいた。


 「仮に官公庁……例えば検察庁に勤務するに際して家族を犠牲にしなければならないとしたら」

 「いらない。お父さん達と一緒にいる」


 その言葉に、使い人は逡巡するように目を瞑る。そして初めて、人間臭い苦笑がその口元に浮かんだ。


 「なるほど。では、ここからは少しだけ話を変えましょう。誤解を避けるため前もって申し上げますが、今回私の目的は皆様と円満な関係を構築しながら事業買収を目指すこと。そのことを念頭に、ここからの話をお聞きください」


 そう言って、使い人はテーブルに置かれていた燭台に魔力発光する2色の光を灯した。

 そしてまず、手前側の青い光に手を伸ばす。

 

 「唐突な話になりますが、静香さん。交渉事における最大の禁忌が何かご存知でしょうか」

 「え?」

 「要するに交渉時に決してやってはならないこと……失敗と言い換えても良い。それが何かご存知でしょうか」


 そう尋ねると、静香は若干悩んだ後、自信無さげに「弱みを見せること?」と尋ね返した。

 使い人が首を横に振る。


 「概ね正しいですが、その答えは余りに抽象的過ぎる。具体的には、自分の手持ちを悟られることです」

 「手持ち?」

 「要するに、譲歩の上限です」


 曰く、例えば先の話、伯爵側は支払限界可能額を悟られる事だけは絶対に避けなければならなかったとのこと。


 「しかし逆に言えば、それ以外の事情は晒してしまっていい。この点、私の火はまだ灯っている」


 そう言って、蝋燭に伸ばしていた指を引き戻す。そして今度は橙色の、静香の側にある蝋燭に指を伸ばした。


 「反対にドバウ海運商様側の禁忌……それは懐事情を探られること。例えばそう、ドバウ海運商は今現在重大な資金ショートに陥っているとか」


 その言葉に、その場にいた全員の表情が凍り付いた。誰も何も言えず、辛うじてボスが荒い息を吐いたのみだった。

 

 「どうして……それを……」 

 「どうしても何も。資金繰りに困っていなければこんな契約書、怪しいの一言で破り捨てられてますよ。怪しい話にすら縋らなければならない程に窮して鈍している、ドバウ海運商側は、これだけは絶対に悟られてはいけなかった」


 そう言って、橙色の火が捻り消される。後に残ったのは青色の炎だけだった。


 「こうなっては最悪です。どんな馬鹿でも時間を盾に譲歩を迫ってくる。上司が渋っているなど色々理由を付けて、最終的な売却価額を適正価格の8割程度に収めてくる」

 「そ、そんな」

 「そして真に悪人と言える人間は、資金ショートの理由を想像する」


 そう言って使い人は目を閉じると、諳んじるように言葉を重ねていく。

 曰く、目の前の相手は海運ルートからの国外逃亡幇助を生業としている。ならば、資金ショート理由は船の修理費か。

 曰く、いやいや、相手は信用有る逃がし屋だ。融資を受けたり支払時期を待って貰うことができた筈。では需要が無くなってしまったか。

 曰く、いやいや、帝国には政争で敗れた貴族で溢れかえっている。犯罪幇助自体が隙間産業の極みである以上、供給側が常に有利な商売だ。それはあり得ない。であれば、お金が必要な理由は仕事ではなく私生活方面か。

 曰く、しかし目の前の親子の家族仲は良好。妻の散財に苦しんでいる素振りも無さそうだ。


 「そこまで絞れてしまえば、後は総当たり方式で調べてしまえばいい。恐らく身内の誰かの治療費か、或いは身請金か……大体この辺りでしょうか」


 そう言って、漸く使い人は口を止める。言葉を返す者は誰もおらず、辛うじて静香の何かを言おうとするような、吐くような息遣いが聞こえるのみだった。


 「さて、話を戻しましょう。通常、この段階まで来ると敵対的買収者は先に提示した契約内容を一旦撤回する。そして焦らした後に改めて別の、より自分達に有利な契約を持ってくる。それこそ、小さな事務所に2億円なんて話はあり得ない」


 そう言って、テーブルに置かれていた契約書を青色の火に近づける。紙端がゆっくりと黒く焦げていき……火が燃え移る寸前、使い人の指が青色の火を消し止めた。


 「しかしそれは通常の取引であればの話。円満な買収を目指す以上、この原案を殊更変更するつもりは有りません」


 そう言って、契約書をテーブルに戻す。


 「確かに伯爵共々、我々は悪人です。人を殺しますし、社会のあぶれ者連中からみかじめ……失敬、サブスク料を徴収もします。しかし、取引に対しては誠実であろうと心がけています」


 誰もが視線を、その一点に合わせる。先程契約書にあった謎の空所部分に、炙り出された文字が浮かんでいた。

 隠された契約条項だった。


 「もう一度だけお考え下さい。果たしてその望みはお金で解決しなければならない問題なのかを。もっと冴えたやり方が有るのではないかを」


 追加条項:契約の成立を条件とし、乙は甲に対し殺人を嘱託することができる。


 「契約の裏事情を探らないのであれば、その願い、伯爵が叶えましょう。教えてください、我々は誰を殺せばよい?」

 

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