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第一部作のラスボスであるウマズメ。その善性で多くのプレイヤーを魅了した彼の人物像は謎に包まれているが、中でも多くの人の関心を寄せている謎の一つに「弱体化原因問題」がある。
空前的ヒット作となった“ウェストリアン”シリーズは、ファンの期待に応えるようにファンブックを発売したが、不思議なことにウマズメに関する詳細は殆ど書かれていなかった。レジスタンスのモブキャラに関する設定まで開示されているにも関わらず、だ。辛うじて初版本の脚注欄に「かつて帝国体制を憎悪したウマズメというテロリストがいた」という一文を載せたのみで、ゲーム会社は頑なにウマズメに関する情報を出し渋った。
仮に、彼に関する設定資料が作成されていないのであれば、一先ずの説明はつく。事実、チェリーウッドは敢えてキャラ設定を作らないことでミステリアス感を出すという手法を過去に何度か行っている。当初はウマズメもこのような経緯で誕生したとする理解が一般的であった。
この定説は、しかし第一部作発売から3年後、即ちシリーズ完結後翌年のクリスマスに破られることになる。きっかけはクリスマスゲリラ配信での「確かに我々は彼に関する多くの情報を発信していないが、それは意図的なものである」という開発チーフの発言。これはウマズメガチ恋勢を筆頭に多くの波紋を呼び、最終的に有志チームがVer1.0のゲームプロテクトを破って裏設定を確認することで裏付けされた。
解析を行った有志曰く「確かにウマズメの設定は有った」とのこと。しかし同時に「その設定は我々の予想を完全な形で裏切るものであった」と結んでいる(※注1)。
(※注1)余談だが、その解析チームに加わった有志の一人は今、ディストピア世界で最弱ヒロイン生活を謳歌しているらしいふぁっきゅー。
有志達が驚愕した最大の理由、それは最終イベント以外全て負けイベにする程の絶望的力が、それでもまだ大幅弱体されたものであったことにある。それも特殊デバフスキル付与という、ウマズメの力を意図的に封じる方法でだ(※注1)。
この事件により、かつての定説はもはや維持できなくなり、情報統制説がプレイヤー間での支配的通説となった。しかしこれは問題の解決ではなく、新たな疑問の幕開けであった。ウマズメに特殊デバフスキルが付与されていた事実、それは①ウマズメの能力が封じられる事件があった②しかし開発陣はその詳細を語ることを忌避していることを意味する。
かつて何があったのか。ウマズメの身に何が起きたのか。開発元は何故にその詳細を語らないのか。これら疑問の総体が「弱体化原因問題」の全容となる。
(※注1)このデバフスキルは極めて驚異的で、試しに同スキルを削除の上ゲームプレイしてみたところ、プロローグすら超えられないというまさかの事態が発生した。
しかし、私はこれ以上の疑問を彼に抱えている。弱体化原因問題がウマズメのミステリアスな魅力の一つである事は否定しない。しかし、私が彼に惹かれる理由はより表層的な部分……彼の笑みだったりする。
初めてウマズメのスチル絵を見たとき、最初に抱いた感想は「血溜まりに浮かべた睡蓮」だった。その微笑みは「血塗れの聖母像」であり、彼は花を手折るように人を殺した。
もしウマズメという人が現実にいるのであれば、私は知りたかった。彼が笑う理由を。彼の手が常に血に塗れる理由を。そして、その機会は確かに訪れた。
主人公達が初めてウマズメの姿を見たのは、雪を子ども達の血で染めた夜のことで。そして、私が初めて彼に邂逅した日も同じ、奇しくも雪を血で染めた夜のこと。あの時と同じように、私は死体を積み重ねていた。
ただ一点、違うとすれば、それは手を握る彼の温もりを仄かに感じたことだろうか。
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例えばの話だが、ボールペンを買ったことがある人を見つけるのはそう難しくはないだろう。町中のおじさんを一人連れてくれば、十中八九、ソイツは確実にボールペンを買った経験談を語ってくれるだろう。ともすればお勧めの文房具について熱烈かつ情熱的に語ってくれるかもしれない。
しかし、特定の数式を書くためだけにボールペンを買った人を探すとなると、途端に話が難しくなる。「このボールペンは1+1という数式を解くことでその任務を全うした」と言って、買ったばかりのボールペンをゴミ箱に投げ捨てる人を見れば、恐らく大多数の人は「こいつは馬鹿だ。さもなくば余程の事情があるに違いない」という考えに至るはずだ。そして現実問題として、そんな人間はまず存在し得ない。
この事はフラスコ伯爵にも当てはまる。もし私が“資金源を得る為だけに”フラスコ伯爵という虚像を生み出したのであれば、きっと大多数の人間は私を「なんて非効率的な人間なんだ!」「人命を軽んじている!」「もっと有効活用するべきだ!」と非難することだろう。その指摘は至極もっともである。
確かに私は「資金源確保」という目的の為にフラスコ伯爵を生み出した。その点に嘘偽りは無い。しかし、資金源確保の為だけにフラスコ伯爵を生み出したのかという問いに対しては、勿論首を横に振る。
即ち、ここからする話はフラスコ伯爵を生み出した後の話、フラスコ伯爵は一体何をしたのかという話になる。
@X年10月3日『✕✕新聞夕刊』
『昨日未明、帝都中央区にあるアパートの一室で男性1名の遺体が発見された。死亡したのは真壁雄一さん(68)であり、現場となったアパートの壁には「フラスコ伯爵より愛を込めて」という血文字が書かれていたことが関係者への取材で明らかになった。
真壁雄一さんは警察OBであり、警察関係者を狙った一連の事件は今月に入ってから3件目となる。今回の事件に関し、警察当局は「一連の事件との関係性を直ちに断定することはできないが、これ以上の被害が出ないよう全力を尽くす」と発表した。また、今回被害者の身体の一部が欠損していることが当新聞の取材により明らかになった。当局は併せて「成人男性の頭部のような不審物を発見された場合は直ちに最寄りの警察署へ通報するよう」呼びかけている』
雪が景色を白く塗り潰してゆく。9月に到来した寒波は10月に入り、遂に粉雪が埃のように積もり始めた。
全てがホワイトアウトする、その街の港湾区の片隅に一軒の建物があった。小さく「ドバウ海運商」という看板を掲げただけの二階建て事務所は、何も知らなければ空家と見紛うような有様で。しかし、窓の外には微かな石油ランプの灯が見えた。
「それ、昨日の夕刊っすよ」
そう言われて日付を確認すると、確かに昨日の日付が印字されていた。
目を擦りながらそれを畳む。
「いけねぇ、寝ぼけていた。今日の夕刊は?」
「これっす。にしてもフラスコ伯爵ってなんなんすかね」
新聞を手渡しながら、やや軽薄そうな茶髪の男が呟いた。
「警察を惨殺したり。かと思えばファミリー連中からみかじめ料を取ったり……」
「確かに奴が何をしたいのか、その目的はさっぱりだ」
改めて本日の夕刊を広げながら、頭を綺麗に丸めた男が口を開く。二人がいたのはドバウ海運商事務所の二階、コンクリートを打ちっぱなしにした、埃とカビの臭いが立ち込める部屋だった。
石油ストーブの微かな温もりが夜の闇に奪われていく。窓の外、吹雪く風に街灯の灯が明滅するのが見えた。
「しかし」と、はげ頭の方が口を開いた。
「確実に言えることが二つ有るぜ。一つは、もはやフラスコ伯爵が何者かという問が意味をなさなくなっているってことだ」
「へ?そいつはどういう……」
「模造犯が増えすぎた。どの事件をフラスコ伯爵がやったのか、恐らくサツですら追いきれてない」
そう言って先程受け取った新聞の一面片を見せる。そこには「被害者数累計50人超」という見出しが載っていた。「うへぇ……」と茶髪が嫌そうな声を出す。
「確かにこれ、単独犯って説明するのは無理っすね。かと言って組織犯でも無いから、芋蔓式に他のホシが挙がる訳でもない」
「捜査撹乱という点では伯爵の圧勝だな」
無責任に伯爵逮捕の楽観論を唱えていたタレントコメンテイターが干されていたしな、と付け加える。
ストーブの上に乗せていた薬缶から蒸気が上がる。先程、はげ頭の方の娘が買ってきたインスタントコーヒー粉をマグカップに注ぐと、芳しさが部屋の埃っぽさと合わさって台無しになる。手を温めるように持っていると、茶髪が「それで、もう一つは何なんすか?」と尋ねた。
「何の話だ?」
「いや、フラスコ伯爵に関して言えることがあるって」
「ああ、すまんすまん。と言っても、コイツは大した話じゃないんだが」
そう前置きした上で、はげ頭は薄ら笑いを浮かべた。
「首都警察を狙うような馬鹿は伯爵本人以外あり得ないってこと。そして、その本物は今、殺された警官の生首を持ち歩いているってことだ」
その言葉に、いつもの軽口は出てこなかった。ややあって、茶髪の口から何かを飲み込んだような息が漏れる。
「……なんてな」
「へ?」
「流石に半分は冗談だ。幾ら伯爵がイカれたサイコパスだとしても生首を持ち歩く訳ないだろ」
「そ、そうっすよね!全く驚かさないで欲しいっす!」
「わりぃ、ちょっとからかいたくなってな」
深夜の事務所に朗らかな笑い声が満ちる。内線が飛ばされたのはそれから10秒後の事だった。
『あ、もしもし。お疲れ様です、ボス。いまフラスコ伯爵の使者を名乗る怪しい奴が来てるんですけど、どうします?なんか生首持ってて見るからに怪しいんですけど、追い返していいですよね?』
#3
「お初にお目にかかります、ミスター。急な来訪にも関わらずお会いしていただけましたこと、感謝します」
そう言ってフードを目元まで被った女が折り目正しく頭を下げる。フードの下から見えるその端麗な口元は朗らかな笑みをたたえており、対してボスと茶髪、その他急遽集められたガタイの良い組員達の表情はとてもにこやかな笑顔で凍りついていた。
「ハハハ。ドウゾオ気ニナサラズニ。当店ハ年中無休ガ売リデスカラ」
と、口と声帯だけを動かしながら、男達の目が必死に眼前の人物を凝視している……というより、テーブルに置かれた物から目を逸らそうとしていた。
「それは何よりです。ああ、申し遅れました。私、最近巷を騒がせておりますフラスコ伯爵の使い人でして、こちら最近お友達になりましたコットン君です。コットン君、ご挨拶を」
コットンと、生首がテーブルの上でこけた。
「ああ、しまった。コットン君、最近首から下を無くしてしまったのでした。ご無礼の方、何卒ご容赦を」
深々と使い人が頭を下げる。コットンと、生首がテーブルから落ちて、極めて形容し難い沈黙が流れる。
意外にも、先に沈黙を破ったのは女の若干焦ったような声だった。
「あ、あれ。おかしいですね、渾身のジョークだったのですけど。受けない……」
「………………………………………は?え、いや、まさかあの……今のって、ギャグ、ですかい?」
「だ、だって初対面の方から好印象を持たれる為には小粋なジョークを挟むと良いって本に書いてあって。それで、ちょっとした小ネタを」
「うっそだろお前!?」「それでちょっととか感性バグってんじゃねえか!」「心臓止まるわ!」「寧ろ止めに来たのかとおもったぞ!」
と、途端にダムが決壊したような悲鳴で事務所中が埋め尽くされる。そして直後、目の前の女が満足そうな表情をしていることに気付いた。
「ふむ、皆さん緊張が解れたようで何より」
「まさか……ここまでがネタ、ですか?」
その質問にフードの女はただ笑い。その返答に男達はやや緊張を思い出したように、各々の背筋を伸ばした。
「さて、折角お時間を作って頂いたことですし、本題に入りたいのですが。単刀直入に申し上げます」
と、言おうとしたときだった。彼女が口を開くより先に扉が開いた。
「お父さん、一階に誰もいないけど。もしかしてお客さん、」
重苦しい扉の音とは裏腹な、涼やかな声が事務所内に響いた。表情を凍りつかせたボスが「入るな!」という怒鳴る。
「な、何?どうかしたの?」
「いいから!今は来るんじゃねぇ!顔を覚えられるぞ!」
そう言い募るも、既に母親似の娘の顔がはっきりとランプに照らし出されており。半ば絶望したような表情で振り向くと、意外にも使い人の表情も凍り付いていた。
「……使い人様?」
訝しそうに声を掛けるも、使い人は反応を示さず。代わりに、その口の端から「翠……?」という単語が漏れた。
やや不機嫌そうに、少女が答える。
「翠は母方の姓ですけど」
「失礼ながら、下の名前を伺っても」
「……静香。葵静香です」
そう、第一部作のメインヒロインが告げた。




