A3
#1
「では、改めて今回お客様に提案するプランについて説明させて頂きます」
夜も更け時も経ち、改めて。先程よりも気勢を取り戻した組長とフラスコの使いは、テーブルを一枚挟んだソファーに腰掛けていた。
使い人が数枚のA4用紙で構成された一通の約款を提示する。
「今回伯爵から提案させて頂くのは“相互破壊安心契約”となりまして、有り体に言えば加入者相互で互いに銃を突きつけ合って頂くものとなります」
「有り体に言い過ぎだろ……まぁ、その言い方は嫌いじゃないけどさ」
そう口を尖らせながら、テーブルに提示された契約書に目を通す。契約の骨子は次のようなものだった。
①フラスコ伯爵(以下、乙)は本契約の加入者(以下、甲)に対し、甲の責に帰するべき事由により生じた以外の理由を以て、殺害等の暴行行為を行わない。
②甲は乙に対し殺人の依頼を嘱託することができる。
③甲は乙に対し、契約の内容に従い定められた金銭を支払う。
夜風に冷たさが混じる。窓を打ち付ける為には時折雹が混じり始めている。
満持したように、フラスコの使いが口を開いた。
「如何でしょう。ご加入の方、何卒検討して頂きたいのですが」
その言葉に鈴木は逡巡するように口閉ざさし、そして思い出したように懐を探り出した。
「そうだね。契約内容自体は悪くないけど、これ実現可能性ってあるのかい?」
「と、申されますと……ああ、フラスコ伯爵が警察にパクられるのではないか、ということでしょうか」
そうだと、胸元の煙草を手探りながら頷く。
「幾ら人の命が軽いとは言え、何件も不審死が発生すれば流石に首都警察も介入するぞ」
「加えてフラスコ伯爵は警察にも手を出している、補足されるも時間の問題と。ああ、よろしければこちらを」
「ん。ついでに火も貸してくれよ」
受け取った煙草にマッチの火が近づけられる。一息吸うと、普段よりもきつい風味が鼻から抜けた。
若干噎せたように、鈴木がジト目を向ける。
「あんた、普段からこんなの吸ってるのかよ。見たところ私より若いだろうに」
「まさか、接待用の備品ですよ。私は煙草やらないので」
「ふーん。それで話を戻すけどさ、そこの所どうなのよ?」
「ふむ」と、使い人は少し考えるような仕草をし。話題を変えるように手を鳴らした。
「鈴木様。もし仮にファミリーの輪を乱す組員の方が入所された場合、どのように対処なさいますか」
「教育。それでも直らないようなら追放だ」
「では追放処分する程の悪性も名分も無いが、ファミリーの中にいて欲しくない程度の不良は」
「それは……」
と、鈴木の言葉が淀んだ。
「難しいな。下手なマネすると他所のファミリーが付け入る口実になる。その場合、事前に弾くくらいしか方法は」
そこまで口にして、鈴木の口元が固まった。ややあって、改めて言葉を紡ぐ。
「その場合、どこかで勝手に死んで貰った方が有り難い……まさかとは思うが。あの警察殺害事件の依頼主って」
「依頼主を明かすわけにはいかないのですが。しかし、不思議な点は幾つか有った筈です。例えば、首都警察が犯人逮捕の目星すら付けてない状況下で情報解禁したり」
「なるほど、な……確かに辻褄は合う。合ってしまうか」
それでも理解し難いと言う様に何度も首を振る。その度に煙草から灰が溢れ、服を焦がした。
「つまり、アンタは警察公認の暗殺者ってところか」
「失敬な。外郭的人事団体です」
「なんで外付け団体が人事担当してんだよ!?実力行使する物騒な人事聞いたことないわ!」
と言った直後、はたと何かに気付いたように鈴木の顔から表情が消えた。
「なぁ、幾つか確認したいことがあるのだけどさ」
「なんなりと」
「この話を持ってきたのは私らが最初?」
「いえ、アーランドファミリー様で6件目となります」
「その中に首都警察は含まれているかい?」
「加入者であるお客様情報についてはお答えできないのですが……2件目から5件目のお客様は“頼むから契約させてくれ!あいつら何するかマジで解らねぇんだよ!”とのことでした」
「ふむ」と、能面顔で頷く。
「それで、値段交渉には応じて貰える?」
という訳で。話は契約の詳細を詰める段階に入っていた。
例えば。
「この第2条1項に言う“加入者”の定義は?」
「基本的にはファミリー契約なので、例えばお客様の場合ですと組員までが対象となります。拡張プランとしてその御家族まで含むことも可能ですが、今ならお値引させて頂きます。いかが致しましょうか」
「はぁ……嫌な出費だ。それも追加で」
「畏まりました」
例えば。
「この第6条の拡張プランというのは?」
「こちらは嘱託部分の定額制プランになります。月に10名以上ご依頼される方はコチラのプランがお得にはなっていますが、基本的にはお勧めしておりません」
「なぜに?」
「逆にお尋ねしますが、月に10人以上もご依頼される予定がお有りで」
「なるほど。じゃあ、殺しの依頼をする予定も無い場合は?」
「でしたら月額基本料の方がもう少しお安くなります」
例えば。
「あ、管轄は指定なさいますか」
「管轄?」
「ええ、お客様とトラブルになった際にどの裁判所に訴えを提出するかという」
「提出できる訳ないだろ!?」
などなど。契約署名欄に“鈴木優子”の名前が記載される頃、窓の外では新たな日が顔を出そうとしていた。
「ご契約ありがとうございます。それでは本日この時より、フラスコ伯爵はアーランドファミリーに所属される組員の方、及びその御家族には手を出さないことをお約束申し上げます」
「もうどうなってもいいや……」
ぐったりとしたようにソファーにもたれ掛かる。そして思い出したように、使い人を呼び止めた。
「なぁ、帰る前に一つだけ種明かししてくれないか?」
「種明かし、ですか」
「どうやってこの部屋に入ったかだよ」
訝しげに首を傾げる使い人を尻目に、部屋の扉をみやる。
「知ってるとは思うが、その扉の施錠術式は昨晩更新されたばかりだ。それなのにアンタは容易く侵入しただろう?そ」
そう言って再度、使い人を正面から見据える。
「説明してくれないか?」
#2
説明しよう、これまでの一連の行動の流れを。と言っても話が少々膨らむので、項目を分けることにする。
(ア)警官殺害の件『何で警官殺したん?』
一旦会社の定義を考え直そう。会社とは社団法人だが、法人とは要するに法的フィクションである。つまり、会社設立とはフィクションに対して出資させる為の手段と再定義する事ができる。しかし既に述べた通り、会社設立はフィクションに対して出資させる為の代表的手段であって唯一手段ではない。つまり、何らかの方法により社会的信用力等を確保することができればフィクション……この場合はフラスコ伯爵という虚像を資金源化することが出来ることを意味する。
無論、フラスコ伯爵に社会的信用力を付与することはできない。しかし代替物は存在する。そこで私は①フラスコ伯爵は存在する②しかも合法的に殺人を行えるという社会的確信で代用することとし、これを一度に充足できるという警官殺害の方法を採ることにした。
(イ)白瀬桃奈の事情『警官殺す必要あったんけ?』
一部重複説明になるが、改めて白瀬桃奈のキャラクタースペックについて説明しようと思う。
白瀬桃奈はギャルゲー“ウェストリアン学園の悪夢”に登場する初期ヒロインであるが、その性能はイベント進行特化となっており、戦闘能力は最弱となっている(※注1)。
端的に言えば、初期スキルレベルが高い為、最序盤だけは活躍できるが、隠密以外の戦闘転用可能スキルを一切取得できないため、中盤以降は格下にイキり散らかすだけのハズレヒロインに仕上っている。しかし見方を変えると「最序盤にも関わらずストーリー中盤程度の実力を持っている」とも言える。要するに、本編開始前のノーマーク状態で、程々の力を振るえる唯一のキャラとなる(※注2)。
(※注1 )参考までに他のメインヒロインのスキルも載せておくが、より悲惨さが際立つと思う。
『白瀬桃奈の初期スキル』
模写能力【SLv.50】(セーブロードスキル。カンスト状態)
拷問技術【SLv.25】(謎に高い)
隠密技術【SLv.12】(取得可能な唯一の戦闘スキル)
『翠静香の初期スキル』
認識阻害【初期レベルは全て1につき以下省略】
暗殺技術
脚力増強
暗器生成
即時退却
(※注2)逆に言えば、本編開始して学園に入学すると一切の強みを失うことになる。本当に使えない。
反面、白瀬桃奈はごく普通の平民出なので、地位や資産といった社会的バフを用いることができない。
結果、①警官を殺害する手段がある②警官を殺害するしか手段が無い③警官を殺害する必要があるという全ての要素が絡み合ってしまった末が、今回事件の動機となる。
(ウ)以降の流れ
そこからの流れは既知の通り。隠密スキルで首都警察署に潜入した上で、幹部警官が何らかの事件揉み消しを行なっていることを前提に、殺しても問題無さそうな警官を捜索。結果、刑事課の連中が不倫ネタを元に署長を脅迫、事件の揉み消しや不受理指示を行なっていることが発覚した。
これらの汚職警官を殺害の上、回収した証拠物件と引き換えに署長と「事件捜査等は自由に行ってくれて良いが“フラスコ伯爵がやった”との情報解禁をして欲しい」旨の交渉をしたところ、あっさり快諾(※注1)。
(※注1)余程腹に据えかねていたのか、こちらが要求して無い報酬まで勝手に寄越してくる始末だった。条件付きではあるとは言え、まさか警察幹部専用の秘匿暗号回線の使用権限が手に入るとは。
結果、警察機構と強力な繋がりがあると勝手に勘違いしたアウトロー連中が我先にと契約に飛び付き。結果、フラスコ伯爵という虚像が完成した。
もはやフラスコ伯爵を止める手段など存在しない。私が何もしなくても、模倣犯達が勝手に伯爵の名を使って殺人を犯すたびに、実態なき殺人鬼は人々の中で確信に変わっていく。さながら伝染病のように、ロンドンの切裂魔のように。
人が死んでゆく。
#EX
@X+1年2月20日『✕✕新聞』
昨日正午過ぎ、ゼータ地区三丁目のアパート住民から「異臭がする」との通報が首都警察に寄せられた。当局が立ち入ったところ、このアパートに住む都庁職員の永井由美さん(38)が遺体で発見された。
捜査当局の発表によると、犯行現場となったアパートの壁には被害者の血で「フラスコ伯爵より愛を込めて」と書かれており、当局は殺人の容疑で同アパートに住む男性を緊急逮捕した。
逮捕されたのは自称会社員の長居琢磨(48)容疑者で、調べに対し長居容疑者は「殺したのは認めるが、フラスコ伯爵ではない」「悪ふざけで名乗っただけだ」などと供述していることが、捜査関係者からの取材で明らかになった。
当局は、一連の事件との関連性も含めて、更に余罪が無いか引き続き調査を進め……
「全く、物騒な世の中になったものです」
カフェテリアの一角で、白瀬桃奈と呼ばれる少女が呟いた。夕暮時、日の沈んだ仄暗い帝都の街を街灯がぼんやりと照らし、照らされた雪が雪雲と乱反射しあい、夜を明るく染める。
木々の継ぎ目から冷たい風が差し込み、白瀬の両指がマグカップを包む。その仕草と容貌に興味を引いた何人かの男達が声をかけ、手を振られて、そのまま店を去っていく。曰く、酸っぱい葡萄と。
「こんな物騒な世の中でナンパが成功する訳ないでしょうに。そうは思いませんか」
そう、ティーポッドを持ってきたマスターに話すと、持ちかけられた方は苦笑を返した。
「寒い夜は得てして人寂しくなるものですよ」
「そう言うあなたは寂しそうに見えないけど」
「そうですね」
と、マグカップに新しい紅茶を注ぎながら、マスターは曖昧な笑みを浮かべた。
「元々、一人が好きな性質ですから。ですから、こういう寒い夜は好きですよ」
「あら。私も迷惑?」
「君の側は心地よいですよ」
そう言い残して調理場に戻ろうとするマスターの袖を、桃奈の指が摘んだ。
くいくいと引っ張る。
「もう少しいて」
「はいはい」
呆れたような、苦笑したような笑みを浮かべると、その隣に腰掛ける。
そこから、少しだけ他愛も無い話がぽつぽつとされた。例えば入学試験の話やら。
「試験はどうでしたか」
「こんなものか、という感じ。ああ、でも論文試験の方は面白かったかも」
「それは何より」
例えば明日の天気の話やら。
「そう言えば、明日から少し吹雪くみたいよ」
「やれやれ。今日の内に仕入れに出ておいて正解でした」
「足りないものがあるなら買ってこようか」
「んー。今の所は大丈夫かな」
やら。
時計の針が少し傾き、マグカップの白い湯気が消える頃。薬缶の鳴る音が彼を呼び戻した。
「いけない。火にかけっぱなしだった」
そう忙しなく離れていく袖を、今度は引っ張らず。代わりに手を振った。
「また後で、ウマズメ」
ウマズメと、そう呼ばれたマスターが振り返る。それは整っている、というより柔らかい風貌の。まるで聖母像を血で染めたような、柔らかい笑みだった。
「ええ、また後で。◯◯◯」




