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この話を始める前に、とあるゲーム作品の説明をしておこうと思う。
株式会社チェリーウッド。創業30周年になる老舗ゲームブランドが企業の存亡(及び代取の首)を賭けて発表したオフライン型のオープンワールドRPG“ウェストリアン学園の悪夢”は全3部作の恋愛ファンタジー作品であり、魅力的なキャラ設定と奇抜な設定で類稀な成功を収めた作品として知られている。
その世界ではある一つの技術体系として魔術が存在した。それは日常のあらゆる技術に浸透、応用され、もはや不可欠な学問体系として確立されており、教育機関もそれ相応の教育を提供するようになった。ウェストリアン学園もその一つ。
ここまでならよくある一般的かつファンタジックな設定だが、ここからが少し他のゲーム設定と異なってくる。まず魔術設定。
一般的なゲームでは魔術の属性を『火水土』などと表記しているが、ウェストリアン学園の悪夢では『第1属性、第2属性』という連番構成にしている。魔術師たちは上記の属性を複合行使して魔術を行使するというが、その適性については、一般的な魔術師の属性適合数が凡そ2個。極めて優秀な魔術師が3個を発現できるか否か。4個など発現させた日には天才の部類になるという設定になっている。
そして主人公である楠崎海斗の属性適合数は6個。即ち、物語開始時点で帝国が把握している属性全てに適合があるとのこと。そりゃもう軍務省としては狂喜乱舞してウェストリアン学園の特別入学許可証を発行してくれますとも。赤紙付きで。
物語は、この主人公の特異体質が帝国政府に発覚した所から始まる。類稀なる特異体質が判明した主人公の入学手続はエスカレーター式で進んでいき(※注1)、気が付けば帝国屈指の名門『ウェストリアン学園』への入学が決定していた。
(注1)こういう時のお役所仕事は尋常ではなく速い。こちらが踏まなければならない手続を向こうは踏み倒してくる。
そこからは素晴らしきかな学園生活。貴族と平民の混成学校など対立の元だが、流石は名門ウェストリアン。偉大なる皇帝陛下への忠誠さえあれば貴族子弟や教師達も親身に接してくれる。そんな仲間達と切磋琢磨しつつ恋愛し、課外授業では畏れ多くも皇帝陛下に刃を剥ける恥知らずの共産主義者共を再教育する。将来の夢は軍人さん、皆の為に先陣切って地雷原を歩いてもらいましょうとのことふぁっきゅー。
……ここまでの説明で何となく解ってしまったかもしれないが、このゲームの世界観設定、中々にファックだ(※注1)。“ウェストリアン学園の悪夢”が他のギャルゲーと一線を画する所以、それは世界観がファックな方向で、具体的には軍国主義と帝国主義と全体主義で世界観を塗り固めるという前人未到な方向性で作り込まれている点にある。売り込みの際のキャッチフレーズ『今までこんなギャルゲー見たこと無い!!』は誇張でも何でも無かった(※注2)。
(※注1)エロゲでもないのにZ指定の栄誉処分を食らったのは伊達ではない。そしてとある理由からドイツでは発禁処分を食らっている。嗚呼、我が闘争よ。
(※注2)自他ともにギャルゲー好きを認める私の友人が何も言わず、完走前にソフトを売却処分したのは後にも先にもこの時だけだった。
例えば学園生活。学園を歩けば所々に「皇帝陛下万歳!」「共産主義者に愛を!」「納税は社会人の嗜み」「欲しがりません勝つまでは」「あなたは幸福ですか?」「I want you」などなどの生徒会語録(※注1)がところ狭しと貼ってある状況は控えめに言って悪夢以外の何物でもない。
例えば再教育実習。主人公やヒロイン達が満面の笑みでペンチを持って部屋に入ってくるシーンは、ジャンルが違うだけのサヨナラを教えてくれるゲームでしかなかった(※注2)。
そして極めつけは日常の直ぐ側で戦争と公開処刑が共生している多様性社会(※注3)。
(※注1)或いは洗脳教育とも言うが、我々プレイヤーからは親しみを込めて教育勅語と呼ばれている。
(※注2)想像してみても欲しい。アレを繊細かつ美麗なタッチでVR化しようという狂気を。
(※注3)強制社会万歳
はっきり言えば好き嫌いが明確に分かれるギャルゲーで、到底アニメ化できるような内容でも無ければポテンシャルも持ち合わせていない。事実、後のインタビューで「どうして私の首が賭けられたのか、今でも理解に苦しんでいる」とチェリーウッド(元)代表も語っている(※注1)。
そんなゲームが商業的に大成功してしまった一番の主たる要因、それは「第一部作のラスボス」にある。
(※注1)「企業ブランドを著しく損なった」ということで結局は解任されたが。
先にも申し上げた通り、世界観は戦時下を想起させるような全体主義思想で埋め尽くされている。とは言え腐ってもギャルゲー。キャラ設定の作り込みには目を見張るものがある。
例えばメインヒロインの一人である翠静香。薄緑色の髪と静謐な雰囲気を併せ持つ美少女だが、彼女とは帝都に向かう際の汽車内で邂逅することになる。一見、特異体質というだけでウェストリアン学園への入学を許可された主人公を嫌っているような態度を取るが、その実、自身の危険な任務に楠崎を付き合わせないためのものだったとのこと。物語中盤、とあるイベントを完了させると自らの好意をストレートに伝えてくるようになる(※注1)(※注2)。
制作陣もギャルゲーとしての体面を保とうととしたのか、彼女以外にも魅力的なキャラを多数用意している。
(※注1)そのイベントというのが学園発注のアルバイトイベント。内容は「地下下水道内の異物を除去せよ」というもので、普通に退去勧告をしてもよいが、このとき焼却処分の選択肢を取ると翠静香からの評価が「仕事のできる人」にランクアップする。
(※注2)そして困ったことに退去勧告よりも焼却処分の方が手続きとして楽だったりする。退去勧告は帝都水道局名義で実施しなければならないので申請から許可が降りるまでに1ヶ月以上かかるが、焼却処分の場合は即日完了する。そしてこのあたりからプレイヤーの倫理観が壊れ始める。
そしてそのトバッチリをモロに食らったのがラスボス。全3部作のラスボスは全て悲劇的な最期を迎えるが、中でも第一部作のラスボスはその背景を含め、絶大な人気を誇っている。
第一部作のラスボスに名前は無い。自らを「ウマズメ」と呼んだ彼は、圧倒的な実力と純化された憎しみを以て、事あるごとに主人公達の前に立ち塞がった。ある時は区画整理(※注1)の為に現地に訪れた主人公達の前に、またある時は敵性国民の炙り出しの為に文字通り火炎魔術を集合住宅に放ったヒロインの前に(※注2)、またある時は栄光ある祖国を捨て亡命しようとする非国民共に再教育の機会を与えようとする生徒会役員達の前に、ラスボスは必ず現れた。否、現れてくれたのだ。
(※注1)現代と異なり、帝国では「整理区画内には共産主義者しかいない」ので、とてもスムーズに手続が進行する(ゲーム内原文ママ)。
(※注2)このときはラスボスに襲われたヒロインの救援ミッションだったが、何度見捨てようと思ったことか。尚、軍部のお偉いさんは100の犠牲で1の成果が得られるなら許容できるおおらかな性格。
……もう解っただろうが、冒頭部分で述べた「魅力的なキャラ設定」とは主人公やヒロイン達のことを指さない。ラスボスだ。このゲームは理不尽な世界に立ち向かうラスボスの姿が売りなのであって、まかり間違っても泣き叫ぶ群衆に笑顔で銃弾をぶっ放すヒロイン達との恋愛を楽しむゲームではない(※注1)。
(※注1)これをギャルゲとして売り出すと聞かされた営業部長曰く「どうしてこんな企画を通してしまったのです?」とのこと。
主人公、楠崎海斗がデートイベントでヒロインと手を繋ぐとき、スラムの一角でウマズメは凍え死んだ老人の手を取ることを選んだ。楠崎海斗がヒロインに愛を囁くとき、ウマズメは帝国に呪詛を吐くことを選んだ。楠崎海斗が笑うとき、ウマズメは必ず泣いていた。
そしてウマズメが最期の瞬間を迎えるとき、楠崎海斗は笑っていた。ファック(※注1)。
(※注1)ファックな話には違いないのだが、この話には一つだけ疑問点が存在する。どうしてウマズメは最終決戦で敗北したのか……確かに決戦の状況はウマズメにとって圧倒的に不利だった。しかしそれは、主人公達との戦力差を覆す程では無い。加えて、これはデータ解析をしたから解ったことだが、ウマズメは全3部作の中でも最上位のステータスを誇っており、まかり間違っても一部作時点の主人公達が勝てるような設定になっていなかった。これに関して幾つかの仮説が立てられているが、未だ有力説といえるようなものは存在しない。
……さて、前置きが長くなったが、ここからは私の身の上話にしようと思う。始まりは実に在り来りな自殺から。気がつけば、寄りにもよってあの“ウェストリアン学園の悪夢”のゲーム世界にいましたふぁっきゅー。
「まずい……早々に詰んだかもしれない」
これが目覚めて最初の一言。熱に浮かされた頭を持ち上げた先、目の前には独裁者のちょび髭写真が飾ってあり、否が応でもあのファックな世界に転生したことを教えてくれる。
加えて最悪なのがこの体である転生先。どうにもこうにも鏡の中の顔に見覚えが有ると思えば、ヒロインの一人である白瀬桃奈らしい。平民出身でありながら、類稀なる才能(4属性持ち)を認められ、帝国付属の最難関高校“ウェストリアン学園”に入学するというのが表向きの設定。
内実は、あの生徒会役員や教師すら一目置く尋問のエキスパート。主人公にアピールしようと何をトチ狂ったのか尋問の腕に磨きをかけてしまい、気が付けば『特技:拷問』の能力値を一部作時点でカンストできる唯一のキャラとなってしまった(※注1)。
(※注1)実際、尋問パートはストーリーを進行させる上での難所であり、他のキャラだと尋問中に相手を死亡させてしまう可能性が非常に高く、新たな尋問期日を設定するためにデートイベントを2,3個潰してしまうことになる。その点、白瀬桃奈を尋問者指定すると、尋問中に相手が死亡するリスクを大幅に軽減できる。
反面、戦闘ステータスはメインキャラ中最低となっている。一応4属性持ちということなので、ある程度の自衛はできるが、少し目を離すと戦死する。特に同胞を拷問の末に殺されたレジスタンス達から相当な恨みを買っているらしく、白瀬桃奈をパーティーに入れた場合、高確率で敵が自爆特攻してくるようになる(※注1)。
(※注1)尤もこの特性を利用してRTAをするガチ勢もいたようだが……とある理由から、この戦法は推奨されていない。
結論として、白瀬桃奈は単独でこの世界を生き抜くだけのスペックを持ち合わせていない。そして何もしなければ恐らくウェストリアン学園に入学することになるだろう。
あの気の狂いそうな生徒会語録が貼られた寮で寝食をし、あの気の狂った生徒会語録が貼られた廊下を歩き、あの気の狂った生徒会語録が貼られた101号室で洗脳教育を受ける羽目になる!
「ファックファックファックファック!!!」
まさにファックとしか言いようのない状況だが、さりとて元の世界も割とファックだったのでファックなことには変わりないがファックである状況事態はファックな事に変わりないので。
「いけない……落ち着かなきゃ。ヒロインがファックなどはしたない。お淑やかに……このファックな世界で自我を保つ方法を考える必要がある」
そう思い立ったが昨日。丸一日かけて行われた状況整理と分析の結果、
「よし。潰すか帝国」
あいらびゅーかいざーふぁっきゅーらいひ




