「ぴゆうちやん」とおぢいちやん
〈海女の着るウエットスーツのてらてらと 涙次〉
【ⅰ】
「ぴゆうちやん」、一人、泣いてゐる。由香梨が見付けて、「だうしたの? 泣いてばかりぢや分からないわ」‐「ウエ~ン。ままガ帰ツテ來ルナツテ云フノ」‐「え! それは可哀相。何か理由があるのかしら」‐「オヂイチヤンガウチニ來テイルノ」
「ぴゆうちやん」が語つた顛末と云ふのは、こんなところだつた。「ぴゆうちやん」、* 大人になる儀式をサボつた為、「永遠の仔」となつてしまつたのは、ご記憶の片隅にあると思ふ。
「ぴゆうちやん」の家は、魔界の一等地にある。立派な、歴史を感じさせる門構へで、事實、代々受け継がれる鎌鼬家の当主と云ふのは、使ひ魔の中の名門。そんじよ其処らの使ひつぱとは、混同出來ない。
* 当該シリーズ第141話參照。
【ⅱ】
で、現当主は「ぴゆうちやん」のパパになる譯だが、そのパパでさへ恐れるのが、ご隠居の「おぢいちやん」。おぢいちやんは、大人になれぬ「ぴゆうちやん」に家督は継がせるな、と云ふ。すると、家は断絶、と云ふ事になるので、すわ一大事、パパ・ママだうすべきか、勘案してゐる最中。取り敢へず思考の邪魔になる「ぴゆうちやん」は、外で遊んでろ、と云ふ事らしい。
【ⅲ】
思ひ余つた由香梨、カンテラにその事、相談してみた。すると...
「『ぴゆうちやん』は俺の使ひ魔になるんだよ。だから、うち(カンテラ事務所)に、今日から住みなさい。パパ・ママの事は、忘れるこつた。今日からうちのコだよ」
その話を聞いて、「ぴゆうちやん」、パパ・ママの事は忘れられないけれど、帰る處が出來たので、一安心。【魔】でも、帰る家慾しいものなのだ。増してや「ぴゆうちやん」は幼児である。
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〈をぢさんは旅行が好きで海外に行く為煙草喫はじと云へり 平手みき〉
【ⅳ】
こゝで珍事件が起きる。「ぴゆうちやん」のおぢいちやんが、カンテラを訪ねて、事務所に訪れたのである。タロウが盛んに吠え立てゝゐる。
「貴殿ハ宅ノ者ヲ預カツテ下サルト云フガ、サスレバ我ガ家ハ断絶。落トシ前ハ、如何ニ付ケナサルツモリカ?」
カンテラ、少し思案したが、返答は-「ぢいさん。あんた方の家なんて、糞喰らへだ。俺は【魔】に染まつた奴が大嫌ひなんだ。『ぴゆうちやん』はうちで教育して行く。同じく【魔】嫌ひに、育て上げるつもりだ」そして... ぎらり、拔刀-
【ⅴ】
由香梨はその一部始終を見てゐた。ごくり、唾を吞み込んだ。
カンテラ「まあ、こゝは斬らずに置く。兎に角消えろ。『ぴゆうちやん』の為にならない」刀を鞘に収めた。
「おぢいちやん」、「聞キシニ勝ル益荒男ブリダ。氣ニ入リマシタゾ」とだけ云ひ殘して、どろんと消えた。
【ⅵ】
「わたし、* 父ちやんに貰つた寶石、まだ持つてゐます」-「仕事料、つてか?」‐「『ぴゆうちやん』のおぢいちやん、斬らずに事を納めてくれたから-」‐「大人になつたな、由香梨。杵塚が氣付く前に、俺が氣付いた(破顔一笑)。その寶石は俺が貰つて置く」
「ぴゆうちやん」は、動物好きのじろさんの膝の上にゐた。カンテラ「おゝ、そこか。今日から当事務所居候一名追加だ。『ぴゆうちやん』宜しく頼むよ。パパ・ママに會ひたくなつたら、仕方ない、魔界に會ひに行きなさい」
ぱつと明るい顔の「ぴゆうちやん」、「カンテラのをぢちやん、だうも有難う!」
* 当該シリーズ第2話參照。
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〈パレオなるは思ひ切り殺ぐビキニ哉 涙次〉
つー事で、一件落着、かな。「ぴゆうちやん」、家を出て、居候生活の始まりである。白虎が、「ぴゆうちやん」の顔をぺろり、舐めた。「ぴゆうちやん」くすぐつたさうだ。
お仕舞ひ。