魔ねき猫の三姉弟
この世界には『魔ねき猫』という生き物がいます。
魔法を使って体のサイズを自由に操ったり、人間の言葉を話したりすることができる精霊に近い存在なのです。
彼らは幸運をもたらす存在として人間たちとうまく共存しており、一家に一魔ねき猫と言われるほど、愛される存在でありました。
これは――――ある魔ねき猫母さんのところに生まれた三兄妹のお話。
三兄妹の母猫と父猫は立派な聖猫さまです。
そんな両親の元に生まれた子猫たちには素晴らしい才能がありました。
通常、魔ねき猫は成体になるまでは魔法が使えませんし言葉を話すことも出来ないのですが、
一番上のお姉ちゃんは、クマより大きくなれました。
真ん中のお兄ちゃんは、ネズミよりも小さくなれました。
そして――――一番下の弟は、人間の言葉を話すことが出来たのです。
それでも、三匹はとても不満でした。
一番上のお姉ちゃんは、小さくなれませんし人間の言葉も話せません。
真ん中のお兄ちゃんは、大きくなれませんし人間の言葉も話せません。
そして――――一番下の弟は、大きくも小さくもなれなかったからです。
三匹は立派な両親のように自在に大きさを操ったり人間の言葉を話せるようになりたかったのです。
「焦る必要なんてないのよ? 大きくなれば出来るようになるもの」
母猫はそういって三匹のからだをザラザラの舌で舐めるのですが、子猫たちは納得しません。
「そうね……だったらお父さんのところへ行ってみたらどうかしら? ちょうどエノコログサの収穫時期だから」
エノコログサを食べると魔ねき猫は力が増すと言われています。子猫たちは大喜びでお出かけの準備を始めました。
お父さんの畑は深い谷底にあります。エノコログサはこういう場所でなければ育たないのです。
「やあ、お前たちよく来たね」
畑ではお父さんと人間たちがせっせとエノコログサの収穫作業をしていました。
「私たちも手伝う」
子猫たちが手伝おうとした瞬間――――
大地が大きく揺れて崖から巨大な岩が落ちてきます。
「地震だ!! 皆、私の下へ!!」
お父さん猫は、畑を丸ごと覆い尽くすほどの巨大な姿となって落石から子猫たちと人間たちを守りました。
しかし、大きな岩のせいで動くことが出来ません。
「子どもたち、助けを呼んできておくれ」
わずかな隙間から脱出することができるのは子猫たちだけでした。
三兄妹は助けを求めて懸命に走り出しました。
「ああ……橋が落ちてる」
町へ戻るには橋を渡らなければなりませんが、さきほどの地震で橋が落ちてしまっていました。
「……私が橋になるわ!」
一番上のお姉ちゃんは顔を真っ赤にしながらからだのサイズを大きくしてゆきます。
「あと……ちょっと……届いた!! 早く渡りなさい!!」
からだを精いっぱいピンと伸ばして橋の代わりになったお姉ちゃんが叫びます。
真ん中のお兄ちゃんと弟は、お姉ちゃんの背中を渡って向こう岸にたどり着きました。
「あとは……頼んだわよ……」
「くそ、門が降りてる」
谷からの出入り口には開閉式の門があるのですが、落石のせいで操作室へ入ることが出来なくなってしまっていました。このままでは脱出することが出来ません。
「俺が操作室へ行く。お前は町へ知らせるんだ」
真ん中のお兄ちゃんは、みるみるうちに小さくなって――――最後はネズミの赤ちゃんよりも小さくなって、わずかな隙間から操作室へ入りました。門はレバーを倒し続けなければ閉じてしまうので、お兄ちゃんは、レバーにぶら下がりながら叫びます。
「今だ、行け!!」
「うん!」
弟は必死に走りました。
疲れで手足が思うように動きません。怖くて涙が零れ落ちそうです。
でも――――決して歩みは止めませんでした。
お父さんだって長くは持ちません。
お姉ちゃんも川に流されてしまうかもしれません。
お兄ちゃんだって真っ暗な操作室にひとりでいるのは心細いはずです。
「助けてください!! がけ崩れでみんなが動けないんです!! お願い、助けて!!」
一番下の弟は町へ着くなり助けを求めました。
もしかれが人間の言葉を話せなかったら――――救助はきっと大きく遅れていたでしょう。
救助は間に合いました。
落石の下敷きになったお父さんや人間たち、そして――――畑も無事でした。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも無事でした。
「本当によくやったわ」
「ああ、自慢のこどもたちだよ」
三匹はもう不満を口にすることはありませんでした。
おのおのが出来ることをすること、そして――――力を合わせることの大切さを学んだからです。
でもね、けっして満足したわけじゃなかったみたいですよ。
「ちょっと、それ私のエノコログサよ!!」
「姉ちゃんは食べ過ぎなんじゃないの? そんなだから小さくなれないんだよ」
「なんですって!! そんなこという口はこの口なの? いいわ、目いっぱい詰め込んであげる」
「ぎゃあああ!!」
仲良く? 喧嘩する姉と兄を横目に、ちゃっかりモクモクとエノコログサを食べる弟なのでありました。
おしまい。