観光地の目玉である聖剣を抜いてしまいました
さくっと短め
森を抜けると、さわさわと風に揺れる草に覆われた丘があり、そのてっぺんの大きな岩に一振りの剣が突き刺さっている。
いつからそこにあるのか分からないが、偶然見つけた男がとりあえず抜こうとした。
抜けなかった。
男の仲間たちもやってきて、順番に試し、最終的に協力して全員で引っ張ったり岩を砕こうとしたが、やはり抜けなかった。
その後、挑戦する者が次々と現れたので、まず茶屋ができた。そして土産物屋がぽつぽつと増え、森の中にある湖の湖畔には宿泊施設ができて一大観光地となった。
剣のそばには受付ができ行列ができた。
*
ある時、貴族の仲良し三人組のご令嬢が物見遊山に訪れた。
「わあ、すごくたくさん並んでいますわね!」
「剣に触れるといいことがあるらしいですわよ」
「ええ、それは是非とも触れたいですわ」
剣はラッキーアイテムになっていた。
「どのぐらい並ぶのかしら」
「私たち、今は町娘の格好をしているのだから、きちんと並ばないと」
「お店で何か買って食べながら並ぶのはいかがかしら?」
「「いいですわね!」」
甘いもの、しょっぱいもの、冷たい飲み物を買い、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしながら並んでいると、意外と早く近づいてきた。
剣を触った観光客たちが、にこにことしながら帰っていく。中にはいちゃいちゃとしたカップルもいて、令嬢三人は「すん」となる。
あと少しというところでひょいと体を曲げて覗いてみると、今は屈強な男が顔を赤くして抜こうと頑張っているが、ぜーはーと息をついて諦めたように帰っていった。
いよいよご令嬢三人組の番である。
まずは子爵令嬢アマンダ。
「普通の剣ですわね。」
柄を握る。引っ張ってみる。
抜けない。
アマンダは満足して次を同じ子爵令嬢レジーヌに譲る。
すると。
レジーヌが柄を握って少し引っ張ると、剣がするりと抜けた。まるでババロアに刺さっていたかのように。
「レ、レジーヌ!」
「ちょ、あ、……なんで!?」
「ずるいですわ、レジーヌ。私はまだ触ってないんですのよ」
「それどころじゃないですわよ、ノエラ。まずいですわ!」
観光の目玉の剣を抜いてしまった!
二軒の子爵家と一軒の男爵家ではこの観光地の経済への打撃に対する賠償金は払えないかもしれない。
三人の令嬢はさあっと顔を青くした。
「と、とりあえずもう一度刺しましょう。」
三人の令嬢は後ろに並んでいる人に見えないように壁となり、剣を刺したが、やはり地面がババロアになったかのように剣はゆっくりと倒れていく。
「ああ〜。」
「……仕方ないですわ。正直に話しましょう」
男爵令嬢のノエラが受付に言って事情を話すと、受付の男性が飛んできた。それから応急処置でつっかえる支えを作って剣を立てかけた。
小さくなって青くなっているご令嬢三人にほかの観光客は冷たい視線を送っていたが、隠れていた三人の護衛が睨みを利かせたお陰で危険な目に遭うことはなかった。
「えええっ!? なんで!?」
若者の声が丘の上に響き渡る。
いったん湖畔のホテルに戻ろうか、と話していたご令嬢たちが振り返ると、同じ年頃の若者が地面に手をつき項垂れていた。その横には神官が口を開けて呆然と立っている。
「御神託があったのに、なんでもう抜けているんだよ!?」
御神託?
三人のご令嬢は顔を見合わせた。
「あの……、すみません。私がその剣を抜いてしまいましたの。少し話してよろしい?」
レジーナが声をかけると「んあ?」と若者が顔を上げた。柔らかそうな茶色の髪の毛と青い瞳のなかなか見目の良い若者である。
「御神託とは、どういうことか教えていただいても?」
若者は体を起こして座り直した。
「十日前、俺が住んでいる街の神殿で御神託があったんだ。来月の終わりに南の森の奥にある洞窟で魔獣が目覚める。それを倒すためにはこの丘の剣が必要で、それを抜くのは俺だって」
「「「まあ……」」」
「でも残念だわ。抜けてしまいましたもの」
「なんだ、今日抜けるのは既定路線でしたのね」
「抜けたんだから、そのまま持っていってもらえばいいのでは?」
「そうね、その代わりレプリカ……、うちの護衛の剣でも刺しておきましょう」
「聖剣にしては地味じゃない?」
「おい」
今日抜けることが決まっていたと知ってお気楽になったご令嬢三人組が、くるりと若者の方へ顔を向けた。
若者が眉間に皺を寄せてレジーヌを睨む。
「剣を扱えるのは剣を抜いた奴だ。そこのあんた、一緒に来てもらおう」
「……は?」
「勇者となるはずだった俺の名声を横取りしたんだ。あんたが魔獣を退治しろ」
「はああぁぁ!?」
若者とともにやってきていた神官の目の前でウィードと名乗った若者が剣を握ってもなんの変化も起こらなかったが、レジーヌが握ると眩く輝いた。
「ほらな」
「え……、うそ。……無理! 無理無理!」
「御神託を無視すんのか」
ウィードがそう言うと神官も重々しく頷く。
「御神託は本物です。なぜかわかりませんが勇者はウィードからレジーヌ嬢に代わったようです。大神殿からそちらの家の方に知らせておきましょう」
「さあ、行くぞ!」
「どこへ!? 魔獣が出るのは来月末でしょう!? いったん帰りたい!」
「時間ねぇよ! あんたの訓練だよ!」
「ひえ?」
「あんたが『勇者』になるんだよ、剣の扱いを訓練しないと闘えないだろうが!」
レジーヌが「アマンダぁ! ノエラぁ!」と叫びながらウィードと神官に引きずられていく。
「……どうします?」
「見に行きたいけど、私たちは足手まといですわよね」
「そうですわね……。では訓練に差し入れでも持っていきましょう」
*
そして、およそ一か月半後の南の洞窟。
「レジーヌ! 俺が囮になる。その隙に急所を狙え!」
洞窟の奥で赤い目を光らせた毛むくじゃらの巨大な魔獣が、グオォと不気味に喉を鳴らしながらのそりのそりと迫ってくる。
ウィードが洞窟から広い空間に誘い出す。魔獣が立ち上がり、両手を上げてウィードに襲い掛かろうとした時。
「今だ!」
「はあぁっ!」
脇から剣を持ったレジーヌが素晴らしい跳躍で魔獣の喉元に剣を突き立てた。
*
魔獣討伐から凱旋したレジーヌとウィードの二人は『勇者』と称えられ、ウィードは叙爵された。
訓練から討伐まで絆を深めていた二人は当然のように恋に落ち、そのまま結婚することになった。
「おめでとう!」
「友達が勇者だなんて鼻が高いわ!」
「ありがとう、アマンダ、ノエラ。お二人もたくさんの差し入れしてくださって感謝していますわ」
結婚式の後、パーティー会場となった庭で、仲良し三人組のご令嬢が飲み物を持って集まっている。
ウエディングドレスと刺繍を施したベールを身につけたレジーヌは輝くように美しい。
「ところで、あの剣はどうしたの?」
「しばらく大神殿に飾られた後、あの丘に戻されるらしいわ。今はレプリカが刺さっているらしいけど、魔獣討伐が成功したから大人気らしいわよ」
「じゃあ賠償金の必要はないのね!」
ご令嬢三人は何よりもほっと安心したのだった。
【終わり】
ありがとうございました!