ウーサー=キングスと最後の試練
とても広い、ただ一つの王座のための広間を飛び回る影。
火花咲き乱れる空間を、二羽のウサギが無数に交差し、弾け飛んだ。
「……うっ!」
ぶつかり合う衝撃音が収まると、ボクの全身に冷や汗が噴き出した。
凌ぐことは凌いだ。
しかし何とか召喚が間に合ったこちらの切り札と全く同じ動きをするあのウサギさんはつまりはこちらと同じモノということだった。
「……迷宮のウサギ」
圧倒的戦闘能力を有するウサギさん。
油断すれば一瞬で命が刈り取られる。
それは、トトさんの喉元にうっすら流れる血の筋が証明していた。
「え!?」
トトさんは首元に気が付いて青ざめている。
ギリギリだった。
見分けるのがあと一瞬でも遅れていたら間に合わなかった。
敵意を向けられたら最後、まず即死するのがあの迷宮のウサギだ。
おそらくどんなギフトを持っていたとしても、初見であの速度に対応するのは難しいと思う。
かくいうボクもウサギさんの動きだと言うのに、完全に目で追えたことなんてないのだから。
「何なのアレは? ………今までのウサギとは全然違う」
「……アレは迷宮のウサギです」
「知ってるの?」
「……はい。ボクも持ってる特別なウサギさんです」
「特別か……確かに恐ろしく強そうだ」
「……ハイ。ボクのウサギさんの中で一番ですよ」
「そうみたいだね……」
ボクの迷宮のウサギさんと、襲い掛かって来たウサギの実力はほぼ同等。
ただ、その後ろにまだ動くものがいた。
しかもまったく同じタイプのウサギがあと2羽ともなると、悪夢のような光景である。
「……これまずい」
たぶん侵入者を追い払う変なギミックなんて必要ない。
アレがこんなにいる時点で、それで十分すぎる。
ボクは生唾を飲み込み、喉を鳴らした。
「……すみません。何とかボクが引き付けますから。だから逃げてください」
「はぁ?」
「む、無茶ですよ!」
「たぶん……これはボクの試練です。応えないと」
強がりだが妙な確信があった。
だから少しでも生き残る確率を上げるために行動しないといけない。
何せアレは人間とは相性が悪すぎる。
迷宮のウサギに対抗できるのは、おそらく同じ迷宮のウサギだけだろう。
ボクの迷宮のウサギさんは経験も詰んでいる。ギフトの恩恵があれば、まるで勝ち目がないわけではないはずである。
「……行って!」
ボクはうさキングの書を開き、迷宮のウサギさんに命じた。
そして今召喚可能なウサギさんを追加で召喚する
選ぶ手段は飽和攻撃で3羽を分断しつつ、各個撃破すること。
それもボクの迷宮のウサギさんが一対一なら相手を凌駕していること前提の話だが―――そんな目算は瞬きの間に潰えてしまった。
「……!!」
三羽が同時に消え、呼び出したウサギさん達は一瞬ですべて切り裂かれた。
ボクの迷宮ウサギさんが止められるのは一羽だけ。
最後に残った迷宮ウサギは、当然ボクを狙ってくる。
「……あっ」
目の前に赤い瞳があった。
神速のはずの刃が、ゆっくり見えるのは走馬灯という奴だろうか?
何度も言うがボクは戦闘なんてできない。
残念ながら、防ぐ術はなかった。
「……!」
ボクの身体がゴロゴロと床を転がる。
気が付くとボクは元居た場所からずいぶん遠くまで転がっていて、突き飛ばされたのだとわかった。
「バカ! 何諦めてんの!!」
「……サリアちゃん」
ボクは生きてた。
助けてくれたのはサリアちゃんらしい。
流石は剣聖、今の一撃に対応してボクを助けてくれたらしい。
トトッと足音をたてて、距離を取る迷宮のウサギは目を細めて警戒の色を見せていた。
「……ボクは、でも、神様の期待に応えないと」
「それで戦うって? 馬鹿言ってんじゃないの」
「で、でも!」
体を起こしたボクの肩を、サリアちゃんはがっちりつかむ。
そうしてボクを押しとどめたサリアちゃんはボクに言った。
「あんたは、護衛対象……そんで商人の跡継ぎで、ウサギさんショップのオーナー。あんたの役目は雇い主らしく守られやすくどっしり構えてること」
「……」
「そして私達の役割は―――あんたを守る事。あんたの雇った冒険者を信じなさい」
ためらいなくボクの前に出るサリアちゃんの背中を、ボクは見上げる。
「ハンパじゃないからね」
「……!」
だがしかし、いかにサリアちゃんが勇ましかろうと、迷宮のウサギは止まらない。
サリアちゃんが真っ二つになる光景が脳裏に浮かんで、ボクは呼吸が出来なくなった。
なのに彼女は全く逃げる様子もなく。
迷宮のウサギの高速の刃は再び振るわれた。
「!」
ギンと耳を劈く音がする。
サリアちゃんの目前で、その剣にしっかり止められた鎌は微動だにしていなかった。
「一回見た技が……私に通じるわけないでしょ!」
「……!」
気合と共に、迷宮ウサギは吹き飛ばされて、ボクが口を開けて呆然としているのに気が付いたのは、ニヤリと微笑むサリアちゃんの横顔を見た瞬間だった。
サリアちゃんは―――いや、剣聖サリアは迷宮のウサギの攻撃を見切っている。
そして彼女の傍らには、ボクがあげた相棒のウサギさんが剣を構えてそこにいた。
「さぁ―――行くよ!」
ウーサー=キングスは冒険者の事をわかっているつもりでいたが、本当には何もわかっていなかった。
冒険者と一般人の一番大きな境目は、困難に立ち向かう気構えにある。
どうやら迷宮のウサギを見て、ビビっているのはボクだけのようだった。




