ウーサー=キングスと勇者の頼み
この世界を司る神々よ。
か弱き人に尊き声をお届けください。
大地神アーヴィス、生命神バナーヴァ、天空神クリア
すべてを創世せし最高神ウルティマの祝福を。
巫女の祝詞が天へと届く。
そして神々もまた、言葉を彼女に届け、巫女は世界の一端を知ることが出来る。
それは未来であったり、警告であったりと様々だが、全ては意味のある事で、神様の言う通り世界は動いてゆく。
巫女は目を見開き、口を開いた。
「神々に選ばれし勇者様……どうかこの地をお助けください」
世界のどこかで巫女は勇者が生まれたことを知る。
そして古より、数百年に一度、世界にダンジョンが次々生まれる試練の時は勇者の誕生と共に訪れると伝えられていた。
世界に勇者のギフトが与えられた人間が誕生したという話を聞いたのは、ボクがギフトを授けられてから間もなかった頃だと思う。
珍しいギフトを得た誰かに対して、同じく珍しいギフトを得た者としてシンパシーを感じた記憶はあった。
とはいえ、全く自分には関係がない話だ。勇者とか言われてもよくわかんないし。
ボクとしてはそういうことがあった、程度に記憶に残っているくらいなのだが、それなりに人々の間では噂になったくらいのエピソードである。
「……」
そんなことより、今直面している問題はとても緊急性があるものだとボクは思う。
ここ5年ほどで通りが良くなった町の名前は、ウサギの町“グラスヒル”。
冒険者を目指す人々はこの町に集まり、ウサギさんを雇い、草原のダンジョンで経験を積んでゆく。
しかし冒険者がたくさん集まると言うことは、いいことばかりではない訳で……。
ボクがウサギさんを抱きかかえ、いつも通りの散歩道を歩いていると目の前に壁が現れた。
「キングス家のウーサーだな?」
「……なるほど」
これでもボクは町ではそれなりの有名人である。
そしてボク自身は一般水準より非力な見た目をしていることは自覚するところだった。
「へっへっへっ……一緒に来てもらおうか」
壁だと思った相手は見た目どう見ても誘拐犯だった。
その上ナイフ所持で、もう片方の手には人一人入るくらいの袋まで持っているとは、いくら何でも白昼堂々としすぎではないだろうか?
さて困った。ピンチである。
しかし昔ならともかく、こういう時我がウサギさん達は無力ではない。
ボクの抱いているウサギさんの目が細まり―――。
誘拐犯の手がボクに届くより先に、彼の背後には現れた影が躍りかかった。
「へ?」
何だかデジャブ。
恐ろしく速い手刀が誘拐犯の意識を刈り取る。
ボクもウサギさんも目を真ん丸にして、鮮やかな襲撃者の一部始終を目撃した。
「……!」
ドシャリと崩れ落ちた誘拐犯は完全に白目をむいていて、この後誘拐を実行することは不可能らしい。
いやぁビックリした。
ボクはあまりに鮮やかな首トンに感動すら覚えた。
人ってアレで本当に気絶するんだ。ビックリ。
「……」
さて自然と視線が向くのは、助けてくれた誰かさんにである。
立ちすくむほど圧迫感のある気配は霧散して、一人の白銀の鎧を着た女の子がボクに視線を向けている。
その姿はなんというか―――とても勇ましくボクには感じられたのだ。
「えっと…………大丈夫?」
ただ、若干の半信半疑な不安を感じた。
ならばここはボクが動かなければならないだろうと、まずは深々と頭を下げた。
「……危ないところをありがとうございました」
「ああうん。今更だけど……この人悪い人だよね?」
「……もちろん知らない人です。武器を向けられて困ってました」
「ならよかった無事で。ところで少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「……なんでしょう?」
「うん! 実は……この町で相棒のウサギが貰えると聞いんだけど……本当のこと?」
期待に胸を膨らませている彼女からは先ほどの勇ましさは抜けて、年相応の女の子のようだった。
ああなるほど、同士の方でしたか。
ボクは抱いているウサギさんを興奮する女の子に手渡し、優雅に頭を下げた。
「……ようこそ。ウサギの町“グラスヒル”へ。ボクは貴女を歓迎します。こちらへどうぞ?」
「へ? あ、ありがとう。えっと……なんでウサギを私に?」
「……落ち着くかなって。ウサギさんはリラックス成分もあると思う」
「へー……そうなんだ」
詳しくは知らないけど、少なくともボクはリラックスできる。
ついでに言うと、ウサギの町というのは試しにボクが広め始めました。
案外言い張ってみると、定着するものらしい。
それはともかく、こんな運命のめぐりあわせならばいつでも大歓迎。
その上恩人となればこのウーサー=キングス、歓迎する以外の選択肢が存在しなかった。