分厚い幸せで脳天を刺激して目覚めさせてあげる
「辺見さんって結婚願望ないの? えぇー、若いのにもったいない。俺が君ならその若さを利用してとっとと結婚するけどな。で、専業主婦になって将来安泰ってわけ。それとも“おひとり様コース”を潔く決めている人? まぁ辺見さんなら、ねぇ? いや悪い意味じゃなくてね? 一人でも生きていけそうだなって話! これ誉め言葉ね?」
息継ぎもせずによくまぁ口が回る男だな。
いやこいつを“男”の枠に入れたら、残り数十億人といる“男”の人たちに失礼だ。だからといって虫とかごみとか──排泄物に例えても、そこで活躍する“もの”たちに失礼だけれども。
ついてないと音のない舌打ちをつく。
プライドと年齢だけは高い、時給以下の働きをする潮見に捕まるなんて。
届いた結婚情報雑誌を売り場に陳列しようと段ボールを開けているところだった。
いつものように業務中の無断喫煙をし終わった潮見が「何してんの」と馴れ馴れしく絡んできたのだ。
「商品の陳列作業に取り掛かるところです。ところで潮見さ」
「へぇー結婚雑誌ねぇ。こんなあからさまな本って売れるの? わざわざ買う人ほど結婚って言葉に酔ってそう」
表紙に爪が食い込むほど、背表紙に線がつくほど、思いきり力を入れて開いた潮見から雑誌を奪い取る。
こいつに本を買い取るほどの経済力はない。
店長はどうして本を大事に扱わない人を採用したのだろう。
「潮見さん、持ち場に戻って下さい」
「あ! ねぇねぇ。辺見さんって結婚願望ある?」
一秒たりとも無駄な会話はしたくない。
手短に「ありません」と答えたのが最後。冒頭の水を得たように生き生きとしはじめた潮見に戻る。
冷めた眼差しに気付かない潮見は、未だに気持ち良さそうにガッチガチの固定観念を振りかざしている。
今の今まで誰にも注意されず、ここまで生き延びてきてしまったのだと思うと可哀想で。
「辺見さんもちゃんと将来のことを──」
正すように雑誌を振り上げてガッチガチの固定観念を粉々に殴りつけた。