76:茶会の菓子
「では、暫くはこの席でお茶を楽しみましょうか」
「そうだな。そうするか」
「ヴィー様、茶と菓子をいただいてきます。サタ様、メモが居ない間、よろしくお願いします」
フラレタンボ伯爵との会話を終えたヴィリジアニラはお茶会の会場の中でも隅の方へと移動。
そこに用意されていた空のテーブルで席に着く。
で、俺もヴィリジアニラに従うように席に着き、メモクシがお茶と菓子の手配の為に動く。
「……」
「少々お疲れか?」
「疲れはないですね。疲れるとしたら、むしろこれからでしょうし」
「あー、うん。俺の目でも分かるくらいにこっちに来たそうにしている連中は居るなぁ」
さて、本来なら俺は護衛としてヴィリジアニラの背後にでも立っているべきなのだろう。
が、そうするとテーブルにヴィリジアニラ一人だけ着いている事になり、それを見れば誰が寄ってくるか分かったものではない。
と言うわけで、俺がある種の虫除けとして席に着いているのが現状である。
なお、ヴィリジアニラは出せる情報を既に出し尽くしているし、フラレタンボ伯爵が聞かなかった範囲についても裏で提出済み、情報を聞いて新たな疑問が浮かんだ人間や対策を考える人間は既に裏に行って協議中と言う感じである。
なので、今この状況でヴィリジアニラに話しかけてくる人間が居るとしたら、俺が席に着いている意味すら理解できない痴れ者か、ヴィリジアニラの不興を買ってでも尋ねたいぐらいに熱心な何かがある人間という事になるだろう。
「ヴィー様、サタ様。準備が出来ました」
まあ、流石に今すぐ突っ込んでくるのは居なさそうだ。
そして、俺が自身の周囲を、本体が会場全体を観察している間に、メモクシがフラレタンボ伯爵家のメイドを連れて戻ってくる。
メイドたちは直ぐに茶と菓子の準備を終えて、戻っていく。
なお、当然ながら二人分だけで、余分な量はない。
「では早速」
念のための毒見も兼ねて俺は紅茶を口にする。
うん、フラレタンボ星系産の茶葉で作られた紅茶みたいだな。
香りは程よく、味は酸味、苦味、渋味が程よくかつ複雑に絡まり合っていて、舌に余韻を残している。
多少好みは分かれるかもしれないが、俺は好きな部類だ。
毒? 入っているわけない。
「菓子の方は……」
それでも万が一を考えて、菓子の方にも俺は手を伸ばす。
準備されているのはマカロン、クッキー、ケーキ、マフィンの四種類だが、どれも作った人間の腕前を示すためなのか、あるいはフラレタンボ伯爵家の力を示すためなのか複数のフレーバーが用意されているようだ。
さて肝心の味は……うん、甘い。
とりあえず普通のアーモンド味であるらしいマカロンを食べてみたのだが、質のいい甘さをしている。
一瞬甘すぎるようにも感じたけれど、紅茶に甘味が無い事を考えると、適切な甘みであると思う。
使っている素材自体も良質で、パティシエの腕も合わさってか、普通に美味しい。
なお、使っている素材の大半はフラレタンボ星系産のようだが、一部はグログロベータ星系産のものも含まれているようだ。
まあ、近隣星系にあれほど大規模な農場星系があるのだから、利用していない方がおかしいと言うものだろう。
「サタ、問題は?」
「ありませんのでご安心ください」
「分かりました」
これにて毒見完了。
当たり前だが、何も問題はなかったな。
それはそれとして、甘味の強さはマカロン>ケーキ>マフィン>クッキーの順番だったので、そこはヴィリジアニラにも教えておく。
ヴィリジアニラがどの程度の甘さを好むのかは把握しきれてないが、甘味が強い方から順に食べてしまうと、味が分かりづらいからな。
後、フレーバーについては色々とあるようなのだが、お茶会と言う環境も合わせて考えるとコンプリートするわけにはいかないだろう。
そこは残念だが、諦めるしかないな。
「ヴィー。そっちの方は?」
「招待客、従者、使用人、報道各社、何処もおかしな動きをしている人間は見受けられませんね。やはりこの場では何も起こらないと思います」
「となると、ヴィーの目が捉えている脅威は、この会場に居る人間から情報を得て、それから動き出すと言う感じか」
「順当に考えればそうなると思います。と言うより、この場で事を起こすのは、もはや破れかぶれになった人間か、周りなど気にしていない狂人で、そんな人間ならそもそも事件発生直後に警察が捉えていると思います」
「それもそうか」
さて、茶と菓子を一通り楽しんだわけだが、未だに俺たちのテーブルに近づいてくる他の客は居ない。
と言うか、いつの間にかフラレタンボ伯爵家の使用人たちが仕事をしつつ休憩できるような場になっているのか、他のテーブルより少し使用人が多いと同時に、順繰りに入れ替わっているな。
そして、その使用人たちが安易に近づくなら伯爵に報告しますよ、と言わんばかりに目を光らせているような気もする。
気のせいか?
まあ、こっちにとっては都合がいいから、気にしないでおこう。
「うーん、いっそこのまま脅威が解消してくれればいいんだけどな」
「そうですね。それは本当にそう思います」
「サタ様、ヴィー様。背筋を伸ばしてください。お客様のようです」
と、どうやら遂にヴィリジアニラ目当ての客が来たようだ。
現れたのは……たぶん、個人的な活躍によって招かれた人間か、企業の代表として来ている人間だな。
身なりがそんな感じだ。
とにかくスーツを着た男性が五人、こちらへと近づいてきた。
警戒中のため、感想が控えめとなっております。




