296:バニラシド帝国大学
「本日はよろしくお願いします。ヴィリジアニラ様」
「こちらこそよろしくお願いします。教授」
さて本日はバニラシド帝国大学でヴィリジアニラが講演を行う日である。
と言うわけで、前日からバニラシド帝国大学がある区画……大学そのもの、各種実験設備、学生向けの寮と店舗が充実した区画に入り、朝一番の生徒や教授の大多数の目に触れないうちに大学の構内へと俺たちは入った。
「さて、時間になるまで暫く待ちですね」
「ヴィー様。資料の最終チェックをお願いいたします」
「分かりました」
朝一番に入ったのは騒ぎになるのを防ぐため。
実際の講演はお昼過ぎからになるそうで、馬鹿でかい講義用のホールで行うと同時に、情報端末を介しての視聴も出来るようにするそうだ。
そんな何千人どころか何万人も同時に視聴できるような体制を整えて、もしも人が集まらなかったらどうするのだろうかと思ったりもするのだが……まあ、勝算と言うか人が入ってくる見込みがヴィリジアニラたちにはあるのだろう。
なら、俺が気にするところではないな。
「今日のウチとサタは暇になりそうっすね」
「まあな。でもそれでいいんじゃないか? 特に俺の出番がないのは平和でいい事だろ」
「んー。それもそうっすね」
さて、ヴィリジアニラとメモクシは講演の準備に入っているので、邪魔するわけにはいかない。
なので、俺とジョハリスは適当に雑談しつつ、周囲を一応警戒しつつ、それぞれに好きな事をやる。
と言うわけで、蒸した上で焙煎したお米に砂糖などをまぶしつつブロック状に固めたお菓子……つまりは雷おこしと呼ばれるものを一つ、口へと運ぶ。
うん、軽くてサクサクとした食感、けれどしっかりとある歯ごたえ、砂糖と米の程よい甘味が合わさって、実に美味しいな。
「しかしヴィー様は何時の間にこんな講演の準備を整えていたんすかねぇ……」
「メモクシに聞いたら、諜報部隊のフロント企業で出す記事とか、諜報部隊に出す報告書とか、皇族としての活動とか、そう言うのをやっている間にちょくちょくあった暇な時間に進めていたらしい。だから、準備時間的には、先日の倉庫コロニー視察は移動時間を丸々準備に当てられたという事で、かなり助かったとかなんとか……」
「なるほどっす。とりあえずヴィー様の頭の出来はやっぱり段違いなのは理解出来たっす」
なお、俺とジョハリスがヴィリジアニラの講演準備を手伝わないのは、警備業務の方が優先である以上に、ヴィリジアニラの講演内容が理解できないからだ。
いやまあ、部分的になら理解できるのだけど、全体像を理解して手伝うとなると、流石に専門外だし、付け焼刃で手を出せるような感じでもなかったので……うん、正直に言おう! modと宇宙怪獣と人造人間周りについては言えることもあるかもしれないが、他は無理だ!
ジョハリスも似たような感じで、宇宙船の運行関係については船からコロニーの構造まで口を出せるようだが、それ以上は無理だと白旗を上げたのが実情である。
分からない物を分からないと言うのは、恥ずかしい事でも何でもない。
だから、今回については俺たちは素直に退いたのである。
まあ、何かの助けになるかもしれないので、資料そのものは後で読ませてもらうわけだが。
「……。人が増えてきたな」
「今日も普通に大学の講義は行われるらしいっすから、学生たちが来たって事っすね」
「そう言う事だな」
部屋の外が健全に騒がしくなってきていて、人の姿が増えている。
どうしてか、舞踏会に着てくるようなドレスなどで着飾っている人間も見受けられるが、大抵の人間は普通の格好で大学の構内に入って来て、友人と話をしながら、自分の目的地に向かって歩いている。
さて、今更な話だが、バニラシド帝国大学はとても巨大な大学である。
なにせ、一つの区画がバニラシド帝国大学とその周辺設備のだけに割かれているほどなのだから。
しかも構内にある建物は二階建てや三階建てどころではなく、天井に達するほどの高さがある建物が何棟も存在しているほど。
あまりにも広く、遭難者や迷子が毎日のように出現すると言われているほどである。
では、何故こんなにも広いかと言われれば、それはもうシンプルに、バニラシド帝国大学こそがバニラ宇宙帝国の教育機関における最高峰だからとしか言えない。
帝国中から優秀な素質を持った人材を集め、最高峰の教育を受けさせるための場、そしてそれをあらゆる分野で実現するために、これほどまでにバニラシド帝国大学は広いそうなのだ。
なお、分校と言うか、教育内容によっては宇宙空間の方が都合が良いとかで、バニラシド帝国大学専用のコロニーとかも、帝星バニラシドの周囲には”幾つか“あるらしい。
もはや俺には巨大すぎて訳が分からない話である。
……。
実際、本体の俺よりも物理的にサイズが大きいんだよな、うん。
とんでもない。
「サタ。一応聞くっすけど、不穏な動きとかはあるっすか?」
「本体の目に留まるレベルのは無いな」
「了解っす」
あ、なんか既にヴィリジアニラの講演を行う会場に幾らか人が入ってきているな。
ドレス姿の人間も居る。
うーん、どうしてだろう、不審な動きはしていないのだけれど、精神的な意味で嫌な予感がしてきたな。
ま、俺は講演については聞くだけなので、問題はないか。




