295:釣った魚はみんなで
「お待たせいたしました。本日の握りでございます」
「ありがとうございます」
まず届いたのは、マグロ、サケ、イクラ、イカと言ったお寿司たち。
量が少なめなのを除けば、見た目は普通だな。
「サタ。サタはそのままで、私が持っていきますから、口元に近づけたら口を開いてください」
「分かった」
「「……」」
釣竿に反応は無し。
本体で見る限り、生け簀の中には大小様々な魚介類が生息していて、生態系を築いているようだから、放っておけばその内に食いつくのではないかと思う。
なので、食いつくまでは放置して寿司を食べに行くことも出来るのだけど……ヴィリジアニラが求めているなら、それに合わせるか。
「はい、あーん」
「あーん」
と言うわけで、ヴィリジアニラが持ってきてくれたマグロの赤身の寿司を食べる。
うん、美味しい。
特別な要素はないのだけれど、順当に美味しい。
「美味しいっすねぇ」
「そうですね。美味しいです」
しかし、マグロの寿司がここで出てくるという事は……。
釣れるのか?
と言うか、生息しているのか、この生け簀にマグロが。
えーと、ちょっと周辺のmodを確認。
「ふむふむ」
「サタ?」
「いや、この部屋と言うか、お店がどういうmodを使っているのかが気になってな」
まずはこの部屋。
一般的な防犯や防音に関わるmodだけでなく、釣り堀部分に特定の物体以外は通さないようにする特殊な条件付きシールドmodが使われているな。
具体的には、完全自由なのは備え付けの釣竿と餌だけで、釣り堀の方から入ってこれるのは釣竿に触れているものだけ、そして、部屋の側から釣り堀に人間などが入れないようになっているな。
ああそれと、釣り堀の水が寿司などにかからないようにするためのmodなんかもあるみたいだな、衛生的だ。
「おっ、かかった……釣れた!」
「おめでとうございます。サタ」
「ありがとうな、ヴィー。えーと……イワナって魚みたいだな」
釣れた魚は小さめの魚だった。
しかし、魚には違いないという事で、店の人に渡して寿司にしてもらう。
「もう渡してしまったっすけど、イワナって淡水魚じゃないっすか?」
「だな。あー……生け簀の中に淡水のエリアと海水のエリアがあって、modを利用して、それらを混ざらないようにしつつ移動させているみたいだ」
「なんか地味に凄い技術が出てきた気がするっす……」
俺たちの下にある巨大な生け簀は、基本的には海水で構成されている。
しかし、本体で見て、使用されているmodを解析した感じだと、川の環境を模したエリアが一部に存在していて、それが移動し続けているようだ。
詳しいことは分からないが、養殖周りも何とかなんとかしているっぽいな。
ジョハリスの言う通り、中々の技術だと思う。
あ、誰かが大きな魚を釣り上げたみたいだな。
「お待たせいたしやした! こちら、イワナの寿司になります!」
「ありがとうございます」
お、早い。
と言うわけで、俺たちは俺が釣ったイワナを捌いて寿司にしたものを口にする。
ふむふむなるほど。
「美味しいな。modを利用する事で素早く酢を入れたり、その他安全を確保したりしつつも、身の捌き方や握りはプロのそれだ」
「本当に美味しいですね。サタが釣った魚だと思うとなおの事です」
「美味いっすねぇ……」
これはmodも活用したスピーディーな調理がされているからこその寿司だな。
勿論、味については調整なし。
うん、美味しいし、自分で釣ったと言う感動も併せると、このお店だからこその味であるように思えるな。
「あら。ふむふむ。では折角なので頼みましょうか」
「どうしたっすか? ヴィー様」
「ジョハリス様。メモの方にも連絡が来ましたが、どうやら他のお客様が大物を釣り上げたらしく、それを他の方に振る舞ってくださるようです」
「なるほど、そう言う事もあるんすねぇ。これもまたこのお店だからこそって奴っすか」
俺がさっき見かけた奴だろうか。
俺の本体でも見えるサイズの魚だったし、確かにあれを一部屋だけで食べ切るのは難しそうだから、他の部屋にもおすそ分けするのは分かるな。
その場合の料金周りがどうなっているかは……俺が気にするところではないか。
「お待たせいたしました。こちら、タイになります!」
「ありがとうございます」
やがてやってきたのは、大量のタイの寿司だった。
なお、俺は気に留めていなかったので聞いていなかったのだが、ヴィリジアニラたちは誰がこのタイを釣ったのかまで聞いたらしい。
なるほどつまり、大物を釣り上げて、他の部屋にそれを配れば、偶々同じ時間帯に居た誰かに名前を売れる可能性にもなるわけか。
となると、そう言う目的で来店している人とかも少なからず居そうだな。
「おー、これも中々美味しいな」
「本当ですね。釣り上げた方に感謝ですね」
何が釣れるかは分からない。
同じタイミングで誰が入店しているか分からない。
けれど、だからこその出会いが存在しているお店、という事に、この『ジカ寿司』の売りはあるのかもしれないな。
なお、その後の俺の釣果だが、部屋内で消費しきれる程度の小魚が数匹釣れた程度だった。
うんまあ、俺に釣りの経験は無いし、こんなものだろうな。




