294:ジカ寿司
「此処がシメアケハコ男爵が管理しているエリアですね」
帝星バニラシドに帰って来て二日。
その間、ヴィリジアニラとメモクシが本気で調べたものの、特に警戒するような事態は見つからなかった。
ヴィリジアニラの目にすら反応が無かったので、少なくとも直近で帝国全体を揺るがすか、ヴィリジアニラに脅威が及ぶような事態にはならないようだ。
ならばと、婚活舞踏会の際に誘いも受けていたので、シメアケハコ男爵家やシメウカース男爵家がある区画へとやってきたのが、今日の事である。
「場所ごとにゴチャゴチャ具合がまるで別物っすねぇ」
「ジョハリス様。この区画を統治している子爵家は、統治の大部分を実務を担当する男爵家たちに任せているようです。そして、男爵たちはそれぞれがそれぞれの思いに従って開発を進めたようですので……」
「なるほど。混沌とする訳っすね」
で、区画に入った俺たちの前に広がったのは、ジョハリスの言う通りに混沌とした環境。
俺たちが今居るのは、まるで海のような超巨大な生け簀の上にある街並みだが、別方向に目を向けてみれば天井に届く高さのビルばかりのエリアがあったり、そんなビルたちに負けないサイズの木々が植わっているエリアだったり、逆にまっ平らな草原が積層されているエリアだったりと……区画の中に別の区画があるような混沌具合である。
一応、区画全体としては、哺乳類、魚類、植物の生産と改良をメインとしている区画ではあるらしい。
「他を見ると、シメアケハコ男爵家が統治するエリアは暮らしやすそうだな」
「そうですね。この区画自体、脅威度が高めな区画なのですけど、他のエリアに比べればこの辺は治安がいい方だと思います」
余談だが、シメウカース男爵家は巨大ビルばかりのエリアが担当で、ヴィリジアニラの目で見る限りではそのエリアが最も脅威を感じるらしい。
それはタルコットンさんを脅威に感じているのか、エリアの治安が悪いのか……判断が難しいところである。
「それで、こうして来たのは良いんだが、何か分かる事はあったのか? ヴィー」
「いいえ、何も。こうなってくると、私たちが深読みをして、この場へ来るように誘導する事自体が目的だったのかもしれませんね」
「タルコットン様ならばあり得ますね」
「あり得るんすか。本当に頭一つ飛び抜けている帝国貴族なんすねぇ」
さて、どうやら陰謀的なお話で言えば、ここに来たのは空振りであるらしい。
あるいは、ヴィリジアニラが此処に居る間に何かをする事が目的だった、と言う話になるようだ。
「なんにせよ、折角来たのなら、食事を楽しんでから帰りましょう。シメアケハコ男爵家が統治しているエリアにある飲食店のレビューは頼まれていましたし、十分楽しんでから帰っても脅威が増さないという事は、私たちは知るべきではないが、私たちにとって有利に運ぶ何かが行われると考えていいはずですから」
「分かった」
「かしこまりました」
「了解っす」
まあ、ヴィリジアニラの目で見て問題がないのなら、楽しんでから帰るべきだってのはよく分かる話だな。
と言うわけで、タルコットンさんからレビューを頼まれていたらしい店を巡る事にする。
余談だが、今回ヴィリジアニラはアポイントメントの類を一切取らずにやってきている。
だから、タルコットンさんたちに会うことは出来ないし、店にレビュー行為を行ってよいかどうかの確認を取るのも自分で、である。
「ではまずは此処ですね」
「寿司屋か」
「シブラスミス星系での事を思い出すっすね」
「ジョハリス様。『アキラ寿司』と比べるのはよろしくないかと。あの店は明らかに高級店でしたので」
「分かっているから大丈夫っす」
と言うわけで一件目。
『ジカ寿司』と言うお店だ。
「いらっしゃい。何名様で?」
「四名です。内一名は機械知性なので、場所だけいただく事になります。それと……」
早速、ヴィリジアニラが交渉をする。
交渉は……上手くいったみたいだな。
奥の方へと通される。
「さてそれで、どっちにしやす? ご自分で釣るか、こっちで釣ったのを出すかになりやすが」
「まずはそちらで釣ったものでお願いします。食べている間に釣れたら、次はそちらを」
「かしこまりやした!」
通された部屋には、普通の椅子と机があるだけでなく、釣竿と釣り堀があった。
いや待て、これは釣り堀じゃないな。
これは……このエリアの下全てを埋める超巨大生け簀に直結しているのか。
そして、生け簀の中では当然のように大量の魚が泳いでいる。
「もしかしなくても、さっき店の人が言っていたご自分で釣るってのは……」
「サタ様が想像している通りのようですね。この釣り堀で釣ったものを、店の方に捌いてもらい、そのまま寿司にするようです」
「豪快っすねぇ……」
メモクシの言葉に俺は感嘆の息を吐いてしまう。
法律とか、安全とか、衛生とか、色々と気になる事があるのだけれど、メモクシもヴィリジアニラも口をださない辺り、問題はないのだろう。
しかし、それらの問題を乗り越えてもなお、このシステムは凄いとしか言いようがない。
よく作って、運営出来ているものである。
「そう言うわけですので。サタ、暫くは釣りに専念してもらっていいですか?」
「分かった」
とりあえず俺は釣り堀に釣竿の先を垂らした。




