293:倉庫コロニーから帝星バニラシドへ
『本日はありがとうございました、ヴィリジアニラ様。帝星バニラシドへの道程、何事も無いことを、我々一同、お祈りさせていただきます』
「ありがとうございます」
そんなやり取りと共に、最後の倉庫コロニーから『カーニバルヴァイパー』が出航する。
これで一週間に及んだ、バニラシド星系内での倉庫コロニー視察は終わりである。
「はぁー……ようやく終わりましたね」
「お疲れ様だ。ヴィー」
「ヴィー様。こちら摘み立てのエーテルスペース産ミントを使ったミントティーになります。どうぞ」
「ありがとうございます、二人とも」
と言うわけで、周囲の目も無くなったところで、ヴィリジアニラも気を抜いてソファーに深く腰掛ける。
そして、ミントティーを一口飲んで、息を吐く。
「しかし、俺の転移先の為のマーカーをどこの倉庫に置いたのか分からなくするためとは言え、バニラシド星系の外縁部に位置する八つの倉庫コロニー全てを回ると言うのは、流石に疲れる話だったな」
「まったくですね。とは言え、倉庫コロニーの視察自体は情勢的にもやるべき事でしたし、帝星バニラシド上に居ない方が何かと楽だったので、視察自体は有意義だったと思います」
「ヴィー様。こちら、本日のお茶菓子……バニラ味のクッキーになります」
「いただくわ。メモ」
『カーニバルヴァイパー』は現在帝星バニラシドへ向かって移動中。
到着は明日の朝。
着陸前の面倒な手続きはヴィリジアニラの立場のおかげで簡便化されるので問題ないとして、後は道中に何かないかだが……本体で見る限りでは異常は見当たらないな。
「サタ。本体の調子はどうですか? フナカの攻撃で斬られていたはずですけど」
「傷については問題なし、痕も無く治った。痛みももうない。後遺症や残留物についても、通常の検査用modだけでなく、対フナカ用の検査modも作って調べたが異常なしだから、安心してもらっていい」
「そうですか。安心しました」
俺の傷の治療は終わっている。
『帝星バニラシド同時多発襲撃事件』で接触したフナカのOSを解析して、それを応用した検査modも使って、フナカからの干渉が不可能である事も確認してあるので、問題は何もない。
なお、この検査modと干渉排除用modを利用して、帝星バニラシド内に残っていたフナカの影響を排除すると言う作業をヴィリジアニラが寝ている間に皇帝陛下と協力してやっていたわけだが……これもまた秘密の話だな。
この秘密の話のおかげで、ヴィリジアニラも知らない逃げ道の確保もさせてもらったわけだし。
ちなみにヴィリジアニラにも話さないのは、知らないことが強みになる場合もあるからだ。
いざと言う時の脱出路なら、なおの事だろう。
「おや……。ヴィー様、タルコットン様からメッセージです」
「タルコットンから?」
「?」
と、此処でヴィリジアニラ宛てにメッセージが届いたらしく、情報端末が起動される。
えーと、タルコットン……タルコットン・シメウカース男爵令嬢だったな。
婚活舞踏会で情報を持ってきた人であり、後で話を聞いたら、ヴィリジアニラの大学時代の同級生で、優秀な部類に入る人との事だったはず。
そんなタルコットンさんからのメッセージとなると、何かしらの情報だろうか?
「……。いやまあ、私とタルコットンの仲なら、これくらいのメッセージは送ってきてもおかしくないのだろうけど……」
「いかがされますか?」
「概ね定型文で祝いの返事をお願いします」
「かしこまりました」
が、メッセージを見たヴィリジアニラの表情は何とも言えないものになっている。
うーん、無理やりにでも言語化をすると……その後の言葉も含めれば慶事であり、祝う事も構わないのだけれど、それはそれとして奥歯に何かが挟まっているようなちょっとした悩み事がある、そんな感じだろうか。
非常に微妙な感じだ。
「ヴィー。どういうメッセージだったんだ?」
「タルコットンが婚約を結んだと言うメッセージでした」
「なるほど。おめでたいな」
「そうですね。ちなみにお相手はハルワァトーテ・シメアケハコ男爵令嬢」
「ふむふむ」
ハルワァトーテさんも覚えがあるな。
婚活舞踏会でタルコットンさんと一緒に居た覚えがある。
そういう関係性だとは思わなかったが。
ちなみに帝国の技術を以ってすれば、後天的に男性になる事も、女性同士で子供を作る事もそう難しい事ではないので、女性同士で結婚する事は法律と常識含めて、何も問題はない。
ヒューマンとヒューマンから大きく離れた種族の人間でも、その気になれば子供は作れるのだから、本人たちの気持ちや条件さえ合えば、何も問題はないのだ。
だからこそ、ヴィリジアニラが微妙な表情をしている理由が俺には分からないのだが。
「それと先日の事件を機にタルコットンはシメウカース男爵家を掌握。ただこれは一時的なもので、将来的にはタルコットンは自分の妹にシメウカース男爵家当主の座を渡すつもりのようですね」
「なるほど。なるほど?」
なんだろう、本当にヴィリジアニラが何を妙に思っているのかが分からない。
なので俺は首を傾げるわけだが……。
「たぶん、タルコットンは何かしらの情報を掴んだのだと思います。だから、その情報を有効活用できるように動いた。その情報が何かは分かりませんが……帝星バニラシドへ戻ったら、状況が動き始めるのだと思います」
「メモもヴィー様に同意します。でなければ、タルコットン様がわざわざご婚約成立程度のメッセージを送ってくるとは考えづらいですので」
「ああなるほど。これだけで警告になるのか……凄いな、帝国貴族」
「サタ。この場合凄いのはタルコットン単独です。たぶんですが、彼女の掴んだ情報は諜報部隊も把握していない物か、本気で隠したはずのものですから」
「な、なるほど……」
どうやら休養期間は帝星バニラシドに着くまでらしい。
何が起きるのかは分からないが、俺は警戒の度合いを強めることにした。
と言うか、いったい何者なのだろうか、タルコットンさんは……間違っても普通の男爵令嬢……いや、男爵家当主ではないと思う。
怖いから触れないでいおくが。




