289:宇宙卵
『えーと、結局それってどんな物なんすか?』
俺とヴィリジアニラの声音から色々と読み取ったらしいジョハリスが疑問の声を上げる。
それに応えてもいいが……。
『サタ』
「分かった」
まあまずは安全化処理だな。
と言うわけで、ヴィリジアニラの為に開けておいたゲートを閉じておく。
その上で、目の前にある卵あるいは蕾の形状をした物体の周囲へ、mod無効化の墨に一工夫加えたものを撒いておき、一先ずの対策にしておく。
『ヴィー様。それで結局、この蕾あるいは卵のような物体はどのようなものなのですか?』
『そうですね……。私の知る限りでは、宇宙卵と言う概念が最も近いと思いますので、今はそう呼称しておきましょう』
『宇宙卵、すか』
宇宙卵とは……何だったかな?
えーと、創生神話とかに関わってくるような話だな。
宇宙を始められるほどのエネルギーを内包した卵状の物体、みたいな話だったはずだ。
うん、確かに目の前の存在を表すのに相応しい言葉ではあるのかもしれない。
なので、此処から先はヴィリジアニラに従って宇宙卵と言う言葉を使う事にしよう。
『この宇宙卵ですが……私の目で見た限りでは、途方もないエネルギーを秘めると共に、周囲から様々な情報を収集しているように思えます。そして、脅威になる可能性もならない可能性も秘めているようで……もしかしたらですが、宇宙怪獣が発生する源の一つなのかもしれません』
『『!?』』
「ああうん。やっぱりその可能性はあるよな。それなら、フナカが宇宙卵を利用する事で宇宙怪獣シュウを増やせたのにも納得がいく」
さて、この宇宙卵だが……何時になるかは分からないが、いずれは此処から宇宙怪獣が生まれるのかもしれない。
そして、どんな宇宙怪獣が生まれるかは、周囲から集めている何か次第なのだろう。
つまり、人類に敵対的な情報ばかりを集めれば、人類に敵対的な宇宙怪獣が生まれるだろうし、その逆もまた然りと言うわけだ。
『こ、壊す事とかは出来ないんすか?』
『サタ』
「俺の技術じゃ安全に壊すのは無理だな。事象破綻砲を撃ち込んでも……もしかしたら傷一つ付かないかも」
『えぇ……どういう事っすか……』
『ヴィー様の言う宇宙卵の情報収集には攻撃に伴う衝撃やエネルギーも含まれていて、その全てを吸い取って自分のものにしてしまうと言う事でしょうか』
「そう言う事だな。だから俺ではこの場から動かすことも出来ない」
壊すことは出来ない。
倫理的なお話ではなく、方法が無いと言う意味で。
叩こうが、爆破しようが、斬ろうが、全てのみ込まれて、宇宙卵の中で育まれているものの構成要素にされるだけだろう。
ぶっちゃけると、宇宙卵は俺の目の前に実体を伴って存在しているが……物理的に在るのかと言われたら、なんだか怪しい気もしてくる。
『じゃあどうやってフナカは此処まで運んだんすか……』
「さあ? 正直に言うが、俺には分からない」
フナカがこの場にまで運んできたことを考えると、手段がないわけではないのだろうけど……ちょっと直ぐには思いつかないな。
『ですが、運搬方法や処分方法を考えない訳にはいきません。このまま此処で放置していては、どんな情報を取得して、どんな宇宙怪獣が生まれるか分かったものではありませんし、私たちが去った後にフナカがやってきて再利用を考えるかもしれませんから』
「そうなんだよなぁ……。ただ、こんなものを扱えるのは、創造主みたいな存在ぐらいなわけだが……」
俺は少しだけ意識を温室内へと向ける。
この状況下で頼れるとしたらチラリズム=コンプレークスくらいだろう。
そして、あの創造主様と連絡を取れる可能性があるとしたら、皇帝陛下ぐらいだ。
となれば、ヴィリジアニラと相談してコンタクトを図るわけだけど……。
『は? 宇宙卵が消えたんすけど?』
「えっ!?」
『なっ!?』
『これはいったい……』
俺が一瞬、宇宙卵から意識を逸らした瞬間。
その一瞬で周囲の墨ごと宇宙卵の姿は消えていて、代わりにその場には一枚のメモ用紙が残されていた。
ジョハリスたちの反応からして、宇宙卵が消えた瞬間は誰も見ていない。
こんな事が出来る存在は……まあ、一人しか居ないだろうな。
俺はその誰かを思いつつ、メモ用紙を手に取って、ヴィリジアニラにも見えるように書かれている内容を視界に収める。
メモ用紙にはこう書いてあった。
『宇宙卵はこっちで帝国の為になるように回収、加工、運用しておくから安心してくれ。今日はお疲れ様だった。 チラリズム=コンプレークス』
どうやら、件の創造主様が俺たちが認識出来そうで出来なさそうな瞬間を狙って、回収していってくれたらしい。
こんな事が出来る存在は一人しか居ないし、嘘を吐く事もないだろうから、安心自体は出来るのだろうけど……。
『宇宙卵、話を聞いているだけのウチでもヤバい代物だって分かるんすけど、そんなものを何に使うんすか?』
「まあ、悪いようにはされない……と思う」
『今は帰還しましょう。メモ』
『はいヴィー様。帝星バニラシドで発生していた事件も概ね解決されたとの事です。この場も後詰要員が来たら、任せて良いかと』
とりあえず、俺たちはその場でしばらく待って帝国軍の到着を待ち、それから帝星バニラシドへと転移で戻った。




