281:惑星バニラシドP3
「見えてきたな」
俺はエーテルスペースの中を移動して、惑星バニラシドP3へと近づいていく。
惑星バニラシドP3はバニラ宇宙帝国が宇宙へと進出した黎明期に、資源回収の為に文字通りに根こそぎ回収された惑星だ。
現在では地殻しか残っておらず、惑星の中心部分は何もない。
卵に例えるのであれば、大穴が開き、ヒビが幾つも入った卵の殻だけが残されているような状況だ。
当然ながら人が住むのには適さず、観光地としても極一部の人間が訪れる程度であり、近くには小規模なコロニーが幾つかある程度。
駐留している帝国軍も本当に少数だ。
「意外と分厚いな」
『メモの資料によれば、自重による崩壊を防げるように最低限は残しているとの事です。なので、迷路のようになっている部分もあるようです』
俺は惑星バニラシドP3の地殻をすり抜けて、中心部分へと近づいていく。
地殻の厚みは……十数キロメートルから、数十キロメートルと言うところか。
思っていたよりも分厚く、時々だが何かが掘り進んだような穴も見かける。
なお、中心部に直行できる大穴から入るのはヴィリジアニラに止められた。
なので、そう言う事なのだろう。
「中心部に出るぞ」
『はい』
そして、そんな俺の考えを肯定するかのように、惑星バニラシドP3の中心にほど近くあるが、外へと直結する大穴からは見えない位置にそいつは居た。
「ん? んんんんん~?」
そいつは見慣れない多面体状の物体の隣に、宇宙服も身に着けずに立っていた。
俺が現れたのはそいつの背後側なので顔は分からないが、髪の色が真っ赤である事に、様々な生物の皮革をデタラメかつ雑に縫い合わせたようなコートを身に着けている事だけは分かった。
「おかしいなぁ~、腹立たしいくらいに順調だった流れに乱れが生じた。緋緋色じゃあない、アレは無難に動く。深紅でもない、今更アレが裏切る程度じゃ乱れない。黄金とその周囲か?いや、妙な動きを見せていないようだなぁ~」
甘い……甘い響きを伴うような声だ。
けれど、口に含めば、そんなのは嘘だと直ぐに分かるほどに渋く、苦く、舌を爛れさせるような声だ。
真空空間であり、声を伝える空気が無いのに、こちらへと声が響いている時点で超常であるのだけれど、それ以上に異質な存在である事が声だけで理解させられる。
間違いない、こいつがフナカだ。
「となれば……ああ、青緑の贄にして巫女か。泥浚いのベントスを連れた、不快な不快な瞳の女かぁ~」
そして感じた。
こちらの正確な位置は悟られていない。
けれどフナカは既にこちらの存在を感じ取っており、もう数秒でこいつは目的を遂げて逃げるのだと。
「ヴィー!」
『何時でも行けます!』
故に俺はパワードスーツの俺をフナカのすぐ後ろに出現させ、出現したパワードスーツの俺はヴィーの操作に従って事前に引かれていた右腕を真っすぐに突き出し、フナカを殴り飛ばそうとする。
「『!?』」
「いやはや、困ったものだなぁ~。いや、本当に困ったものだあぁぁぁ……!」
そうしてフナカに触れた瞬間。
俺の右腕がバラバラにされて吹き飛ぶ。
爆発ではない、切断でもない、細胞同士の結合に欠かせない要素を、分子や原子の結合に必要な要素を消されて吹き飛ばされた。
「俺にはここでお前たちに目撃される予定なんてなかったのだから。ああ、予定が崩れる。不和が溢れる。予定が順調に消化される事で紡がれるはずだった仲が拗れて……んんんんん!? た ま ら な い な ぁ ~!!」
俺は距離を取る。
同時に本体を含めて自身の状態をチェック。
本体に異常なし、ヴィーたちにも異常なし、パワードスーツの俺は右腕以外には異常なしだが、右腕は……上手く再生できないな。
なので再生ではなく、新たに作ると共に、破壊された右腕から相手のmod……いや、OSを解析していく。
「はあぁぁぁっ~~~~~……さて、初めましてと言うべきかな。皇帝陛下の娘、ヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート嬢。それから泥浚いの宇宙怪獣サタ・コモン・セーテクス。ふふふふふっ、俺の近くに来る前にとても良い不仲があったようで、年甲斐もなく興奮をしてしまう。ああ、失礼、まだ名乗っていなかった」
フナカが言葉を発しながら、俺たちの方へゆっくりと向く。
その間に俺は本能的にパワードスーツの俺と本体の間にある繋がりを制限すると共に、間違ってもヴィリジアニラが直視をしないようにエーテルスペースへと繋がるゲートをロックする。
「俺の名前はフナカ=コンプレークス。この世界の外からやって来た、不仲と言う概念を愛してやまない木っ端の神だ」
フナカの顔は……本当にごく普通の平凡な人間の顔だ。
けれど、その顔に浮かんでいるのは今が楽しくて仕方がないと言わんばかりに歪んだ笑みだ。
この表情を見ただけでも分かる。
此奴は絶対に相容れない敵だ。
倒し、殺害し、滅ぼす以外の選択肢など存在しえない。
「あああっ、すんばらしい敵意だ。その素晴らしき敵意に敬意を表すると共に、俺と君の仲を紡いで壊すためにも、一つの提案をしようじゃあぁっないかぁっ~」
「提案だと?」
フナカは細長い物体を取り出し、先端に火を点けると、火が点いていない側を口へと運ぶ。
タバコと言う奴だろうか?
右腕はまだ直らない。
だから俺は時間稼ぎの為に、フナカの言葉に応じる。
ヴィーも……状況を少しでも把握するべく、頷いているな。
「俺を放置して逃げ出したまえ。そうすればこの場では追わないと約束しよう」
フナカが口元に渦を巻く煙を蓄えながら発した言葉は、決して受け入れられるようなものでは無かった。
『ぶちかましなさい、サタ!』
「うおらあぁっ!」
故に俺は無事な左手をフナカの顔面へと叩き込んだ。
05/14誤字訂正




