279:シンクゥビリムゾの計画
「ヒービィ兄様」
「来たようだね。ヴィー」
俺たちは皇太子殿下とシンクゥビリムゾ王子が居る場所へと戻ってきた。
俺たちが離れている間に張られたのか、立派な天幕が設置されると同時に、椅子、机、資料の表示や書き込みが自由に出来るホログラムボードなどが準備されている。
いや、それだけではなく、天幕の中から外へと音声が伝わらないように空気の振動を制御するmodなども展開されているな。
なるほど、天幕をきちんと閉じれば、この場で作戦会議を行う事も出来そうだ。
「死体が動き出したと聞きました。詳しい状況をお伺いしてもよろしいですか?」
「勿論だとも」
気が付けば、皇太子殿下の周りに居る人間も、シンクゥビリムゾ王子の周りに居る人間も、一部の限られた人間だけが居る状態になっている。
残っている人間の表情、身なり、立ち振る舞い、距離感と言ったものから考えるに、皇太子殿下とシンクゥビリムゾ王子が本気で信頼している人間だけっぽい。
なお、意外な事に、シンクゥビリムゾ王子の取り巻きは俺やヴィリジアニラに対しても敬意ある態度を普通に取っている。
うん、やっぱり只者は二人の周囲には居なさそうだ。
「さて……」
それはそれとして現在の状況について。
どうやらヘーキョモーリュを飲ませようとしたところで、死体が突然動き始めた。
この現象は二週間ほど前にデリョショマンシィ星系で確認された違法modと同様の現象であり、伝承も併せて、動く死体の事を今後はゾンビと呼称する。
ゾンビの身体能力は損壊や継続性を考えていないため、非常に高いが、首を落とせば、活動能力は大きく削がれる。
ゾンビに噛まれたり、引っ掛かれた人間は直ぐに高熱を発し始め、死亡すれば、すぐさまゾンビになるものと思われる。
「なるほど。拙い状況と言う事ですね」
「いや、そうでもないよ。相手の生死問わずにゾンビmodにヘーキョモーリュが利くのは確認済みだし、対策modの運送ももう間もなく完了。ゾンビmodが効果を示すためには相手が死ぬ必要があって、死なないようにするのは現代医学ならそう難しくはない。今動いているゾンビの制圧も、そう遠くはないだろう」
「……」
と、最初に確認されたデリョショマンシィ星系ではかなりの被害を出したらしいゾンビmodだが、二度目かつ帝星バニラシドでは大した被害を出すことなく制圧できてしまうらしい。
うんまあ、問題が無いなら、それでいいか。
なお、このゾンビmodだが、フナカが関わっている可能性が高い案件であると後で知った。
なんか最終的にはゾンビmodをまき散らす宇宙怪獣モドキまで出て来たらしい。
現地当局によって討伐されたようだが。
「それでヴィーの方は?」
「あ、はい」
ヴィリジアニラはマガツキの能力を利用した記憶の読み取りが行われた可能性を話す。
そして、この場に居る人間が問題ないと判断しての事だろう、読まれた記憶の中にバニラシドOS研究所の位置情報についての記憶があった可能性が高いことも告げた。
さて、ヴィリジアニラの言葉を聞いた二人の動向は?
「ふむ。まあ、狙いに来るのは分からなくもないか……。しかし、来ると分かっていてもあそこへ守りを向かわせるのは面倒だな。下手な人間を向かわせたら、それこそ逆利用されかねないし……」
皇太子殿下は悩んでいる。
まあ、バニラシドOS研究所の位置は秘匿されていて、関係者しか知らないし、研究している内容も内容だ。
相手が逆利用してくる可能性も考えると、下手な増員は出来ないのだろう。
「ちっ、となると、俺の計画の方はもうご破算だな。はぁ、使えない連中の制御、精算、飼い殺しに潰しと色々やって来たんだが、此処までか」
シンクゥビリムゾ王子の態度は……なんだかよく分からないな。
悔しそうにしているようで、清々しているようで……うーん?
「シンクゥの計画ね。敢えてあちらに協力して、情報を得ると共に隙を見て殺す。だったかな?」
「おおよそはそうだな。ま、向こうも同じような事は考えていたんだろ。ゾンビ共の発生と同時に、俺の配下の何人かと連絡が取れなくなってる。たぶんだが、こいつらはアッチに付いたか、付かされた。後でリストは送っておくから、見かけたら潰して構わんぞ」
ああなるほど、シンクゥビリムゾ王子は面従腹背でフナカに協力していたと。
そして、その情報を皇太子殿下は察していながらもヴィリジアニラに話していなかったと。
いや、もしかしたら皇帝陛下もか?
……。
皇族恐い。
「つまり、シンクゥビリムゾ王子は配下を大量に失った、と言う事でしょうか?」
「配下じゃなくて駒だ。それも失って惜しくないではなく、捨てないと次期皇帝陛下の邪魔になる駒だ。むしろ消えてもらわないと困るんだよ。まったく、頭が悪いなりに遅延作業くらいこなして欲しいもんなんだが……まあ、期待できないから俺側に付いていたと言われれば、それまでなんだが」
「む……」
「と言うか、お前が頑張りすぎなんだよ、ヴィリジアニラ。何だお前の目は、理不尽過ぎんだろ。お前のせいでどれだけ計画の修正を余儀なくされて……ああくそ、一度愚痴を言いだすと止まらなくなってくるな。面倒な連中でもお前に向ければ処理してくれるのは確かに助かっていたが」
「むむむ……言ってくれますね。失敗したくせに」
「失敗じゃなくて中止だ。失敗すると分かっていて続行するような無能じゃねえんだよ、俺は」
ああなるほど、うん、やっぱりシンクゥビリムゾ王子は好きになれないな。
ヴィリジアニラの目を知っていて、俺たちの事も分かっていて、対処できると理解した上で、あれやこれやを仕掛けて来ていたわけか。
バニラ宇宙帝国の益になるからと。
それは確かにそうかもしれないし、バニラ宇宙帝国の広さと深さを考えれば必要な役目なのかもしれないが……それはそれとして、好きにはなれないな。
決して、断固として、絶対に。
「おら、とりあえずリストと情報はくれてやるから、お得意の目を使って、相手の急所を叩き潰してこい。皇族の一員、帝国貴族の一員なんだから、役目を果たす」
「すまないねヴィー。地上の事は私たちの方で対処をしておくから、ヴィーはヴィーにしか対処できない方へ向かって欲しい。たぶんだが、ここが正念場だ」
「……。はぁ、分かりました。サタ、メモ、ジョハリス。行きましょうか」
「……。分かった」
「……。かしこまりました」
「……。了解っす」
なんと言うか、どうしてヴィリジアニラが帝星バニラシドに行くのを渋っていたのか、皇帝陛下に対して辛辣な態度なのか、そう言うのがよく分かったような気がする。
うん、今起きている件が一段落したら、帝星バニラシドを離れる事をヴィリジアニラに提案しよう。
俺はヴィリジアニラに続いて、天幕の外へと出た。
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