270:正体不明の姫 ※
今回もまた、ハルワァトーテ・シメアケハコ視点となっております。
実質モブ視点です。ご注意ください。
「あまりにも情報が多すぎる……」
「よく、あんな重要な情報を握っていて、平然と交渉出来るわね、タルコは……」
「そこは慣れね。ヴィリジアニラ様は理不尽な方でないと知っているし」
私、タルコ、ついでにキュキラストはダンスホールへと戻ってきた。
トウゴットォの事は少し心配だが、マガツキに操られていただけで、操られていた最中も含めて罪は犯していないはずだから、意識を取り戻せばきっと戻ってくるだろう。
その頃にシメウナンクン男爵家が残っているとは限らないけれど。
いや、事はシメウナンクン男爵家とシメウカース男爵家だけで済むとは限らない。
私のシメアケハコ男爵家だって、これからどう巻き込まれるか分かったものでは無い。
となると、誰に味方をするか、何処までやるかを考えた上で立ち回りを考えておかないと、いざと言う時に動けなくなる。
「「「ーーーーーーー」」」
「なんだ? 妙に騒がしいな」
「そうね。トウゴットォの件はもうヴィリジアニラ様が収めてくださったから、別の話だと思うけど……」
そんな事を考えながらダンスホールの中で起きている騒ぎが見える場所まで私たちはやってきた。
そして、そこで見えたものに私は思わず目を見開くことになった。
「……」
「おおっ、麗しの君よ。どうかお名前だけでも聞かせてくれないか」
「ああ、何と言う美しさ。美の権化とは正にこのことか」
「貴方、私の妹にならないかしら? 今ならアンダー層産の植物を使った化粧品とか……」
「はぁはぁ……いったいどこの部族の子なんだろうなぁ……可愛いなぁ……」
そこには、椅子に座る一人の少女、その周囲で不審な挙動を見せている無数の男女、それらを遠巻きに見つめるどこか冷めた目の参加者の姿があった。
少女の姿は……私に見覚えは無い。
頭から二本の角を生やし、腰から一対の蝙蝠の翼と二本のタコ足のような尾を伸ばしている時点で、一般的なヒューマンではない事は分かるが、特徴に一致する種族の名前は思いつかない。
だがなによりも驚くべきは、周囲の着飾った女性たちが比較対象にならないほどに魅力的……いやいっそ、蠱惑的と言ってもいい美しさだろうか。
人にはないパーツを持ち、質のいいドレスに身を包んで、最小限の装飾品と化粧しか施しておらず、気怠そうな雰囲気を保って周囲と会話を一切していないはずなのに、それでもなお周囲を魅了してやまない、そんな少女だった。
きっと、少女の周囲で不審な挙動を見せている男女は、そんな少女の妖艶さにやられて、正気を失ってしまったのだろう。
しかし、彼女はいったい何者だろうか?
ヴィリジアニラ様にも匹敵するような見た目の少女で、辺境の星系で新たに見つかった種族の姫などであれば、入場した時点でもっと騒ぎになっていたのだと思うのだけど……。
「~~~~~」
「トーテ。あっちも問題ではあるんだが、それよりもこっちだ。タルコが笑い死んでる」
「え? うわぁ……」
と、ここでキュキラストに声をかけられて見てみれば、確かにタルコが柱の陰で腹を抱えて震えている。
淑女の嗜みとして大きな笑い声だけは上げていないようだが、虹彩が綺麗な虹色になっているし、とてもではないが人様に見せられるような姿ではない。
「ぷっ、くくくっ、いや、笑うなと言う方が無理でしょ、これは……」
「えーと、あの少女はタルコの知り合いなのかしら?」
「ある意味ではそうね。と言うか、私たち三人ともさっき知り合ったわ……ぷっ、くくく……」
「さっき?」
タルコは歴代の積み重ねの結果として、視力面に何かしらのmodが常時働いている。
そのため、人には見えないものが見えているそうなのだけど……その見えているもののおかげで何かに気づいたという事だろうか?
それにしても、私たち三人がさっき知り合った?
……。
まさか……。
「サタ様?」
「正解」
「えぇ……」
私もキュキラストも絶句しました。
アレが、あの少女がサタ様?
言われてみると確かに面影のようなものは覚えますが、アレが?
「え、でも、どうしてあんな姿を出して……」
「どうしてってそりゃあ……ぷくくっ、囮でしょうね。あの姿なら、馬鹿をやる奴はダース単位で出てくるわ」
「出てくるって」
私は正体がサタ様であるらしい少女の方へ向きます。
少女は気怠そうに手近な飲み物に手を伸ばし、一口含み、それから隣に居た人に話かけ……あ、男性が一人連行されていった。
あの飲み物に薬の類でも混入させていたのでしょうか?
「「……」」
「まあ、そうでなくても、あの姿のサタ様に熱狂している姿を見たら、百年の恋も冷めると言う物。自分のパートナーを探すための選別がはかどるんじゃないかしら。ある意味ではヴィリジアニラ様からの贈り物でもあるわね」
タルコが話をしている間にも、次から次へとサタ様の周囲に居る男女の中でも一部のものが連れていかれます。
中には素行不良で有名なものも居るので……どうやら本当に選別のようになっているようです。
「「「!?」」」
「え?」
「うん?」
「そして、とびっきりのお馬鹿さんが引っ掛かったみたいね」
気が付けばタルコは情報端末のカメラを向けています。
そして、カメラが向けられている先では、サタ様が一人の男性の手首を掴んでいました。
掴まれている男性の手にあるのは金属製の輪のような物。
それの正体が何であるかは分かりませんが、非常に嫌な気配が漂っています。
「なるほど、お前が本命か。連れていけ、輪に触れないように気をつけろ」
サタ様の清廉な鈴のような声が響くと同時に男が昏倒させられ、連れていかれました。
その光景にダンスホールはざわつき、ざわつきが収まる頃には、サタ様の姿は見えなくなっていました。
「ふふふっ、私の目に間違いはなかった。やっぱりヴィリジアニラ様に賭けて正解ね」
今回の婚活舞踏会はあまりにもトラブルが頻発しています。
しかし、だからこそ言える事が一つ。
「タルコ。本当によく平然と交渉出来たわね……」
「慣れよ」
この友人だけは何があっても生き延びるのだろうな、と。
05/02誤字訂正




