269:情報提供
「それで、ヴィー的には何処から何処までが計算の範囲内だったんだ?」
「マガツキがこの会場に持ち込まれるまでは計算の範囲内でしたね。誰が持ち込むかや、持ち込んだ後に何をするかは分かっていませんでしたが、致命的な事態には陥らないのは分かっていました」
「なるほど」
裏での事情聴取は……まあ、あっさりと終わった。
マガツキを回収するための人員が直ぐに来た事を考えると、事情聴取を担当した方々もヴィリジアニラ側の人間だったのだろう。
と言うわけで、今は会場内に存在している個室で休憩すると共に、ヴィリジアニラから情報を聞いているところである。
「うーん、脅威にならないと言うのは、ヴィー様の目を前提にした判断でいいっすよね?」
「ええ。と言っても、他にも情報は得ていましたし、会場の警備が万全に近いもので爆発物の類は持ち込めないと分かった上での話ですけど」
「ヴィー様。貴族たちの名簿はまとめ終わりましたので、後で確認のほど、お願いいたします」
「分かりました。メモ」
さて、ヴィリジアニラの言う通りなら、マガツキがどういうルートで入ってきたか、何処でトウゴットォを操り始めたか、シンクゥビリムゾ王子とかとの繋がりについては、これから確認していく事になるか。
まあ、ここら辺はもう俺たちの仕事ではないな。
と、此処で不意に部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします。ヴィリジアニラ様」
部屋に入って来たのはハルワァトーテさん、タルコットンさん、キュキラストさんの三人。
様子と声から察するに、タルコットンさんが他の二人を連れてきた形だな。
「タルコットン。その様子だと、重要な情報を得たから伝えに来たのかしら」
「ええ。その通りです。状況が状況なので前置き無しで話させていただきますね。短剣型のマガツキは既に複製されています。トウゴットォが握っていたのは、複製品の一本でしょう」
「……。根拠も聞かせてもらえるかしら」
「ええ勿論」
どうやら、ヴィリジアニラが把握していない情報を持ち込んできたようだ。
タルコットンさんがヴィリジアニラと向かい合う形で座り、仄かに虹色を帯びている虹彩を俺とヴィリジアニラに向けている。
なお、ハルワァトーテさんとキュキラストさんは居づらそうにタルコットンさんの背後に立っている。
そして、俺はヴィリジアニラの隣に座り、メモクシとジョハリスは背後に控えている。
「先日のシセンブレイン子爵が逮捕された一件。あの後にシンクゥビリムゾ王子の腹心数名が機械知性の耳目が届かない工場へと移動。その後、そこで製造された何かが帝星バニラシドの各地に流れています。その内の一本が、今回トウゴットォが握っていたものになりますね。こちらがその証拠です」
タルコットンさんから複数の紙資料と紙の写真が提出される。
なるほど、俺では見ても分からない。
だが、ヴィリジアニラとメモクシの表情からして、重要な証拠ではあるようだ。
「今この場で出したのは……相手が何をする気だったのかは分かっていなかった、どういう物なのかまでは分かっていなかった、それに減刑の類を求めて、と言うところですか?」
「ええ、そんなところです。どうにも我が家の人間も少なからず関わっているようですし、家に巻き込まれて私まで罪に問われるなんて御免ですから」
それからヴィリジアニラとタルコットンさんは色々と話を重ねていく。
えーと、俺が理解できた範囲でまとめるならばだ。
タルコットンさんが所属するシメウカース男爵家、トウゴットォが所属するシメウナンクン男爵家、この二つの家はシンクゥビリムゾ王子側の派閥だった。
王子の正確な目的は不明だが、今日の婚活舞踏会をぶち壊すような行動を狙っているのをタルコットンさんは察知したため、証拠を確保し、此処に持ち込んだ。
なお、トウゴットォは正直に言って、不出来な方の人間だったそうなので、使い捨てにされたのだろうとの事。
最初の方に出て来た工場は、金属に関係していた廃工場であり、ちょっと前から建て直しでもないのに人員などが集められていたため、不審だった。
この辺りか。
他にも誰がどう動いたかと言った話も出て来たが、俺にはもう分からなかった。
しかしそうなると、マガツキのOSがシブラスミス星系で見た時のものとは異なっていたのは、複製品だったからとか、そう言う話になりそうだな。
「なるほど。そう言う事なら、状況次第ですが、取り計らうように皇帝陛下には伝えておきましょう」
「ありがとうございます。ヴィリジアニラ様」
状況次第……まあ、ヴィリジアニラの方が勝ったなら、と言う感じの話だな。
逆に言えば、今日この話がシンクゥビリムゾ王子に伝わればタルコットンさんの身に危険が及ぶようなことになりそうだが……そこはまあ、自分で何とかしてしまうのだろう。
事後の安全しか求めていないし。
「さて、そうなると、他にもマガツキが会場に入ってきている可能性がありますね。サタ、例のをダンスホールの方へ出しておいてもらっていいですか?」
「分かった。此処に居る俺は戻すが大丈夫だよな?」
「ええ大丈夫です。サタが戻ってくるまで、私たちはこの部屋で待機しておきますから」
と、ここでアレ……温室担当の俺の出番か。
俺はタルコットンさんたちが部屋の外へと出ていき、部屋の中の安全が確保されたのを確認してから、着飾った温室担当の俺をダンスホールへと出した。




