267:舞踏会の食事
「ふぅ、何とかなったみたいだな」
「流石はサタでしたね。とてもいい踊りでした」
俺とヴィリジアニラは無事に踊り終えて、元の席へと戻ってきた。
ヴィリジアニラ含めて、周囲の反応は上々と言うところだろうか。
うん、頑張った甲斐があったな。
いやしかし、今回の踊りは本当に大変だった。
元々、俺のこの体は本体が操る人形であるから、脳天から指先まで正確に操作をする事は可能だし、踊りの動きは戦闘時の体術などにも繋がるのでおおよそのイメージは掴めていた。
けれど、単純に振り付けを覚えるだけの時間が今回は無かった。
なのでまあ、ちょっとしたズルと言うか何と言うか……エーテルスペースに居る俺がダンスの教本を読んで、それをリアルタイムに反映すると言う、宇宙怪獣だからこその荒業で対処したのが、俺とヴィリジアニラ、メモクシ、ジョハリスだけが知る真実である。
ある意味カンニングをしているようなものだし、突発的な事態には対応出来ないから、何事もなく終わってよかった。
「ヴィー様、サタ様。どうぞ」
「ありがとう、メモ」
「ありがとうな、メモクシ」
「料理の方もウチが取り分けてきたっすから、適度に取って欲しいっす」
と、ここでメモクシが透明な炭酸水の入ったグラスが二つ載った盆を俺たちの前に差し出す。
そのメモクシの背後には、ファミレスの給仕ロボットのようにカバーがかけられた料理を幾つも運んできたジョハリスの姿もある。
なるほど、ヴィリジアニラの立場では自分から取りに行くのはマナー的に微妙なので、メモクシたちが持ってきてくれたようだ。
と言うわけで、一応だが俺が先に炭酸水を口に含む。
「うん、大丈夫だし美味しいな」
「そうですか」
炭酸水は適度な炭酸を含んでいて、口の中でパチパチと弾けながら、清涼感を与えてくれる。
含まれているのは、少量のミネラル、香料、味を調整すると共に炭酸を維持するためのmodがメインで、俺たちのように動いた後に飲む人の事を考えてか、吸収を少しだけ促進するようなmodも含まれているな。
体に悪いものは何もないので問題は無いし、むしろ踊りで汗をかいたヴィリジアニラは飲んでおいた方がいいだろう。
あ、当然ながらアルコールは含まれていない。
あ、折角だから提供者も確認しておこう。
ふむふむ……スキトヒツキ社……大手だなぁ、なら出来にも納得だ。
「こっちの肉はザクロックさんが出したソースがかかってるな」
「では食べないといけませんね。うん、美味しいですね」
続けてイセイミーツ子爵家から供された鶏肉のローストに、ザクロックさん特製のソース……つまりはエーテルスペース産のスパイスにヘーキョモーリュを用いたソースをかけたものを食べる。
味は……ジューシーな鶏肉の旨味に、エーテルスペース産であるが故の強烈な香りが合わさって、少量でも満足感があるものになっている。
うーん、後でザクロックさんにレシピを貰おうかな。
完全再現は無理だけども、生産者である俺なら部分再現は出来るわけだし。
「これはシメアケハコ男爵家が出した押し寿司ですね」
「いい感じに酢が利いているし、よく押し固められているな。食べやすい」
三つ目、シメアケハコ男爵家……踊る前に挨拶に来ていたハルワァトーテさんの家が出した押し寿司だな。
どんな魚を使っているのかはよく分からなかったが、適度に酢を利かせて押し固めた寿司は、このような場でも零さず簡単に食べられるし、エネルギー補給にも良さそうな感じだ。
ショウガなどのアクセントも適度だし、本当に食べやすい。
「ジョハリス。きちんと食べやすいものだけを持ってきてくれたのですね。ありがとうございます」
「いやぁ、幾らmodで対応出来るからと言って、ヴィー様の立場であの辺のガッツリ系を食べるわけにはいかないのは明らかだったっすからねぇ……」
「実はそれ以上の問題がありますけどね。あの辺りには」
「あ、そうなんすか。メモクシが止めた時点でそんな気はしていたっすけど、やっぱりっすか」
さて、他の食べ物は……摘まみやすいクッキーやマカロンと言ったお菓子類が殆どだな。
中にはクラッカーで少量の野菜や肉、チーズを挟んだ物などもあるが。
で、ヴィリジアニラとジョハリスが言っているガッツリ系と言うのは……ああうん、骨付き肉とか、豚の丸焼きとか、大量のパスタとかか。
少量を取り分けてくれば、この場でも食べれない事は無いのだろうけど……メモクシが止めたという事は、たぶんシンクゥビリムゾ王子関連だな。
用意した家や会社がそっち側の派閥の人間だとか、そんな感じなんだろう。
ついでに言えば、ヴィリジアニラの目が何かしらの脅威を感じていそうではある。
「それでヴィー。この後の予定は?」
「何事も無ければ、婚活舞踏会終了まで、ここで社交ですね。私の大学時代の友人も何人か居ますし、表に出せる範囲で情報交換をする事になると思います」
「なるほど」
「ちなみにその人たちを呼んでくる必要とかはあるっすか?」
「無いですね。皆さん聡い方なので、適度に見計らって、またやってくるはずです」
何事も無ければ、か。
正直な意見を言わせてもらうなら、ヴィリジアニラがこう言った時点で、もう何かが起きそうな気しかしない。
そして多分だが、ヴィリジアニラの友人たちも察していて、何かが起きるまでは近づいてこない気がする。
「さて、暫く待ちましょうか」
「分かった」
まあ、何が起きても俺の役割は決まっているし、自分の役割をこなすだけだな。
俺は炭酸水を口に含んで飲んだ。




