261:捕まっている首謀者
「ヴィー様。連絡が来ました」
「そうですか。では皆で聞きましょうか」
俺たちは無事にバニラゲンルート子爵邸に着いた。
結局、ミドル層へと上がるエレベーターはもちろんの事、エレベーターから出たところ、この区画までの道路、子爵邸の中に至るまで襲撃はなかったし、敵影すらも無かった。
うーん、ヴィリジアニラの言う通り、手緩いと言うか、怪しいと言うか、本当に自作自演まで疑っていい感じだな。
まあ、その辺の判断を明確にするためにも、メモクシからの話を聞こう。
「襲撃者へ指示を出していた人物はシセンブレイン子爵で確定しました。こちらが証拠のデータになります。ですが、シンクゥビリムゾ王子麾下の警察に逮捕されたシセンブレイン子爵はここ数日の記憶が定かではなく、そんな指示を出してはいないと、容疑を否認している状態です」
「なるほど。ではやはりマガツキですか」
「果物ナイフサイズだって話だったすよね。なら何処かで触ってしまってもおかしくは無いっすか」
メモクシは他にも幾つかのデータを出す。
なるほど、襲撃者の正体はマガツキの指示で製造運用された人造人間と言う事になるようだ。
帝星バニラシドに入り込んでいるマガツキは、不可逆的な洗脳は出来ない代わりに、操られた人間は操られている最中についての記憶をほぼ忘れてしまうとの事なので、その能力を生かしてシセンブレイン子爵の懐に入り込み、操った、と言う事だな。
「しかしなんでマガツキがヴィーを襲うんだ? シュウ・スーメレェのマガツキと同じように人間への復讐心で動いているなら、今回みたいなことにはならないよな?」
「そうっすよね。人間誰でも復讐の対象って言うなら、アンダー層じゃなくてミドル層で無差別に仕掛けてくるっすよね。そんな復讐心を抱いていないにしても、ヴィー様を狙うってのはマガツキ自身の意思ではない気がするっす」
「そこは……恐らくですが、マガツキへ指示をした人間にとっては、私が一番、襲う先としては都合が良かったのでしょう。襲撃が上手くいっても上手くいかなくても問題はない、と言う事で」
マガツキがヴィリジアニラを襲ったのは、誰かの指示、か。
うーん、あのマガツキが人間の指示なんて聞くのか?
いや、このマガツキの性格があのマガツキとは全くの別物である可能性もあるし、本当にそうならおかしくもないのか。
で、ヴィリジアニラが襲う相手として都合がいいと言うのは……。
「やっぱり大本はシンクゥビリムゾ王子か?」
「ええ。メモが集めてくれた資料を読む限りでは、シセンブレイン子爵は色々とやっていたようなので、シセンブレイン子爵を潰す名目の一つとして、マガツキを持たせて、私を襲わせたのではないかと」
「そして、自分がシセンブレイン子爵を捕まえる事で、不利な証拠の類は回収してしまう訳っすか。厄介すねぇ」
「ヴィー様を殺せれば都合がいい。殺せなくても反撃は届かない。そう言う思考でしょう。腹立たしいですね」
まあ、シンクゥビリムゾ王子か、その周囲の人間にとっては、という事だろうな。
ヴィリジアニラは帝国法を守る側の人間なので、証拠もなく仕掛けることは出来ないし。
皇帝陛下が溺愛していると言っても、それでも忖度は常識の範囲内。
でも無視は出来ない程度には地位と能力がある。
あーうん、確かに向こうにとっては目障りな存在なのかもな。
なお、シセンブレイン子爵がやっていた色々と言うのは……アンダー層とミドル層の一部での密輸行為、各権力者に取りいって得た情報を敵対派閥へ流す、税金の一部誤魔化し、等々であるらしい。
今回の件で査察が入り、証拠も手に入ったので、ヴィリジアニラの件が無くても逮捕は出来るし、処分も行えるようだ。
うーん、シンクゥビリムゾ王子視点の邪魔さで言えば、ヴィリジアニラよりもシセンブレイン子爵の方が邪魔だったんじゃないか感があるな。
「……。仕方がない事ですが、この件については終わったものとして扱いましょうか。シセンブレイン子爵が違法行為を働いていたのは確かなようですし、今からここへ割って入るのは無理です。シンクゥビリムゾ王子がマガツキを介して私の襲撃を企てたと言う物的証拠があるわけでもありませんしね」
「かしこまりました。ですが、共有できる情報は共有するようにあちらの機械知性へと働きかけたいと思います」
「うーん。相手が一発分かり易いミスでもしてくれればと思って来るな」
「厳しいと思うっすよね。そんな分かり易いミスをするなら、とっくに排除されていると思うっすから」
悔しいが手詰まりだな。
残念だが、この切り口から問題を解決することは出来なさそうだ。
「サタ、メモ、ジョハリス。気持ちを切り替えていきましょう。私たちは婚活舞踏会の為の準備を優先して行き、その姿を周囲へと見せる事で、こちらへのダメージなど一切なかったと知らしめましょう」
「分かった」
「かしこまりました」
「了解っす」
まあ、俺たちがアンダー層にまで出向いた目的は無事に果たせている。
誰かが怪我をしたわけでもない。
だったら、ヴィリジアニラの言う通りに、堂々としているのが、一番の反撃になるか。
「では、動きましょう。折角なので、少し外へと出かけましょう」
「「えっ……」」
「かしこまりました」
この後、研究資料の収集と称して、同じ区画内にあるアイスクリーム店へと向かい、30種類を少し超えるアイスを食べることになった。
トラブルは何も起きなかったし、アイスクリームも美味しかったのだが……堂々にもほどがあると思う。




