257:帝星バニラシドアンダー層
「到着です」
エレベーターが止まり、エアロックを抜けて、建物の外へと俺たちは出る。
「おおっ……見渡す限りの海だな」
「凄いっすね。潮の香りに日差し……この上にミドル層があるのが信じられないぐらいっす」
そうして広がったのは、見渡す限りの大海原であり、海面には太陽のような照明が反射して輝いている。
波は島の護岸に打ち寄せては返し、大きな音を立てている。
見知らぬ来訪者の姿を認識してか、海鳥たちがやけに騒いでいるが、近づいてくる気はないようだ。
なるほど。
どうやら、ミドル層に繋がるエレベーター兼支える柱でもある、この建造物がある場所は大海原のど真ん中に人工の島を造る形で建設されたらしい。
なので、水平線の向こうまで他の建造物も島も見えない。
いや、上を見ればミドル層の底部が見えるはずなのだけど……俺たちが乗って来たエレベーターも途中で見えなくなっているな。
「ああなるほど。太陽光を再現するためのライトによって、ミドル層の底部が見えなくなっているのか」
「正解ですサタ様。他にも人工降雨設備や、大気の流れを生み出す設備などもありますので、アンダー層からミドル層の存在を感じ取る事は難しくなっています」
どうやら、様々な設備とmodによって、ミドル層の認識が難しくなっているようだ。
うーん、チラリズム=コンプレークスと言う創造主の存在をバニラ宇宙帝国に属している人間が認識する事が難しいのと同じように……と言うのは、ちょっと考えすぎか。
「では、バニラが採取できるポイントまで向かいましょう」
「分かりました」
俺たちは飛行能力も有している車両に乗り込むと、移動を開始する。
しばらく飛ぶと、窓の外には緑に覆われた陸地が見えてくると共に、時々だがミドル層にまで繋がる柱も見える。
また、ミドル層に接触している山も幾つか見えるのだが……山とミドル層の繋ぎ目は遠目だとそうだとは認識できないように工夫されているようだ。
「此処からは徒歩となります」
やがて到着したのは、森を切り開かれ、整備された基地のような場所。
「聞いてはいましたが、手慣れているんですね」
「帝星バニラシドのアンダー層は無許可での立ち入りは禁じられていますが、逆に言えば、許可さえあれば立ち入る事が出来ます。そして、立ち入り理由の大半は何かしらの物品を回収する事ですので、何度も訪れることになる場所は流石に整備してしまった方が都合が良いのです」
帝星バニラシドのアンダー層の大半は、バニラ宇宙帝国の前身であるバニラ帝国、その帝国が存在するよりもさらに前の状態と思われる姿へと近づくように手入れがされているらしい。
しかし、バニラのような一部物品は定期的に回収に入る人間が居るらしく、そう言う人間の為に極一部だけ、周囲に影響を及ぼさないように最新技術で整備されているそうだ。
うんそう、俺たちも求めている原種のバニラは割と定期的に回収されているものらしい。
そして、回収されたバニラビーンズは、アンダー層産の希少なバニラエッセンスと銘打つ形で、皇室を含む高位貴族あるいは大企業の幹部の間でだけ流通しているそうだ。
であれば、わざわざ俺たちが自分たちの手で回収する必要なんてないと思うところもあるのだが……。
『それは品質が良いものが回収できなかった場合の手段にしておくのである。並程度の品質までであれば、吾輩の腕で味と香りは補えるである。それよりも、ヴィリジアニラ殿が自ら取りに行かれたと言う逸話の方が、よほど客の耳目を賑わせると言うものである』
との事だった。
ザクロックさんのこの意見にはヴィリジアニラ自身も賛成であったため、俺たちの予定が変わる事はなかった。
「此処からは森の中に入ります。危険なキノコ、植物、猛獣が存在しないとも限りませんので、気を付けてください。シールドmodや環境安定modを過信してはいけません」
「分かりました」
基地を出た俺たちは森の中へと入っていく。
先頭を歩く専門の軍人さんが藪を切り払い、その後ろに続く数名の方が地面を踏みしめるおかげでだいぶ歩きやすくなっているが、人の手が滅多に入らない土地はそれでもなお歩きづらい。
周囲に生える草木は雑多なもので、俺の知識にはない植物も多い。
そして、それ以上に混沌としている。
他の星系の森に比べると、とにかく種類が多い。
倍……では効かないか、それ以上だ。
うん、この光景を見ると、他の星系の惑星にある自然林と呼ばれる場所であっても、テラフォーミングと言う人の手が入っている事がよく分かるな。
どう言ったらいいのか分からないが……帝星バニラシドのアンダー層には、人の意図と言うものを感じないのだ。
「見えてきました。あちらにあるのがバニラであり、バニラビーンズです」
「アレが……」
そうして歩く事一時間ほど。
俺たちの前に目的のものであるバニラビーンズが姿を現す。
「香りはこの状態ではないのですね」
「ございません。あの香りは加工する事によって生じます」
「modによる生育補助を一切感じないし、人の手も入っていない。本当の天然物か……」
「希少品っすねぇ」
「厄介なのは、希少なだけで当たりかどうかはまた別という事であるな。とりあえず吾輩が良さそうなものを見繕うのである」
「お願いします。ザクロック様」
見た目などに特に変わった点はない。
それを確認してから、俺たちはザクロックさんの指示に従ってバニラビーンズを回収していく。
こうして、何事もなく、バニラビーンズの回収は完了した。
そう、バニラビーンズの回収は。




