255:アンダー層へ
「ヴィー様。婚活舞踏会の招待状は取得できました。ですが、参加に当たって皇后陛下から条件が一つ出されました」
「内容は?」
「ヴィー様とサタ様だからこその手土産。出来れば料理の類を一品でよいから出してほしいそうです」
「そうですか。では……アンダー層に向かいましょうか」
簡単にまとめてしまうと、こんな会話があったので、俺たちは帝星バニラシドのアンダー層へと向かう事になったし、俺はエーテルスペースの温室で育てている植物を出すことになった。
なお、帝星バニラシドのアンダー層で取れるものを急遽持ってこれるのは、庶子であっても皇族だからこそ。
俺のOS環境下で育った植物については言わずもがな。
という事で選ばれた。
ちなみにだが、手土産なしで参加するのは、皇族であっても流石に外聞が悪いし、俺とヴィリジアニラが婚約していると言う情報の信憑性も下がってしまうそうだ。
なので、持って行かないと言う選択肢は、作戦的に在り得ないとの事。
「えーと、確か……料理人についてはイセイミーツ子爵家が寄越してくれるんだったか」
「その通りです。ミゼオン博士の関係でちょうどイセイミーツ子爵家に流れの料理人が滞在していたそうで、その方の腕が良いと言う事で、私たちに協力してくれることになりました」
「その料理人の方は狩人、採取者としても腕が良いようですね。今回の材料採取にも同行してくださるそうです」
さて、そうしてやってきたのはアンダー層の入り口となる大型エレベーターに繋がる場所。
警備のレベルは帝城や諜報部隊本部のある区画の入り口と同等で、かなりの厳重さだ。
また、アンダー層とミドル層を隔離するためなのか、大型のエアロックもあるな。
「あの人たちがそうか……うん?」
で、その大型エアロックの前に数人分の人影がある。
えーと、軍用の大型車両と軍人と思しき方が複数名居るのは、この場の警備人員であると共に、アンダー層での俺たちの案内と監視をするためだろう。
そんな中で二人ほど、異なる服装の人物がいる。
「ほ、本日はよろしくお願いしますでございます!」
片方はメイド服を着た女性。
と言うかセイリョー社からミゼオン博士についてきた人造人間の一人、ワミ・セートゴヤゴだ。
もう片方の案内役としてイセイミーツ子爵が寄越した……のではなく、ミゼオン博士の命令だろうな、帝星バニラシドのアンダー層なんて特殊な場所に行ける機会は滅多にないだろうし。
なお、とても緊張した様子だ。
「おや、以前に会った方たちであるな」
もう片方は、とても目立つ真っ赤な装束を身に着けたドラゴニアンの男性。
以前にグログロベータ星系で出会い、料理を作ってもらった、ザクロック・ハヨモツグイさんだ。
この場に居るという事は、どうやら彼がイセイミーツ子爵家に滞在していた料理人であるらしい。
「ザクロックさんでしたね。お久しぶりです」
「おお、名前を覚えてもらえていましたか。感謝である。ただそうですな。折角なので正式に名乗らせていただくである。吾輩はザクロック・バロン・ハヨモツグイ・P・ヒノモト。この度は希少な食材を扱う機会を与えていただき、感謝の念に堪えないのである」
「ではこちらも。私はヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシドと申します。こちらこそ安心しました。以前、貴方の料理を食べさせてもらいましたが、その料理はとても美味しいものでしたので、今回も安心して期待する事が出来ます」
「ご期待に沿えるように尽力させていただくのである」
バロン……という事は、ザクロックさんは男爵家の人間だったんだな。
ただ、流れの料理人を務めている辺り、そちらの方が性に合っていたとか、そんな感じの背景も窺えるな。
「揃ったようですね。では皆様、まずはこちらへ。アンダー層への降下に一時間ほどかかりますので、お互いの紹介やミーティングは改めてそちらでお願いします」
「分かりました」
「分かったである」
時間がかかるという事で、俺たちはエアロックの向こうへと揃って移動する。
帝星バニラシドのアンダー層は、ミドル層より上の世界とは完全に隔絶されている空間だ。
湿度や風、日照などが完璧にコントロールされた隔離空間で、宇宙帝国の各地に散らばっていった生物たちの原種が、宇宙帝国になる前の状態で生息している。
そのような空間であるため、万が一にも遺伝子などへの汚染が起こらないように、出入りに当たっては厳重なチェックと念入りな清掃が要求される。
また、アンダー層から物を持ち出すのは特別な許可があれば可能だが、ミドル層からの物は特別な許可を得た極一部の物以外は持っていけないし、基本的には全て持ち帰る事になる。
なので、各自、細心の注意を払って行動をする事。
という事を、アンダー層への降下中に担当の軍人さんから言われた。
……。
正直な意見を言いたい。
俺、色々な意味でアウトなのでは?
いやまあ、皇后殿下、皇帝陛下、ついでにチラリズムとグレートマザーあたりが許可を出してくれているだろうから、今回の回収活動が成立したのだろうけど、宇宙怪獣である俺がアンダー層に足を踏み入れるのは色々とアウトなのでは?
「サタ。どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
とりあえずアンダー層に居る間は、基本的に新しい人形を出したり、温室とのゲートを開いたりはしないでおこう。
色々と怖い。
「では、自己紹介も終わったところで、吾輩から質問である。ヴィリジアニラ殿。貴殿が出したいと思っている料理は何であるか?」
さて、それよりもミーティングだな。
ザクロックさんから、早速質問が飛んできた。
それに対してヴィリジアニラは……。
「私はバニラアイスが良いのではないかと思っています」
堂々と返した。




