254:エーテルスパイス
「なるほど。そちらは問題ないのですね」
『ああ。護衛の人たちはしっかりと守ってくれるし、作業に対する妨害の類も無い。資料も揃っているし、ノイズの原因にも……まあ、見当はついているからね。一か月くらいで何とかはなるんじゃないかな』
婚活舞踏会に赴くと決めてから二日ほど経った。
ミゼオン博士については何も問題は起きていないらしい。
ケルたちセイリョー社から付いてきた五人のメイドたちについても同様。
ミゼオン博士が呼ばれた理由である設置型の『異水鏡』の調整と言うか、ノイズ除去と言うか、何処かのチラリズム=コンプレークスがいたずらしていそうな話と言うか、そちらの解決についても順調に進んではいるようだ。
なので、ミゼオン博士周りはいたって平和な状態のようだ。
もしかしたら、裏では色々と起きているのかもしれないが……知覚できない案件については気にしても仕方がないからな。
問題がないなら、それでいい。
「と、ちゃんと届いたな」
「第一報ですね。サタ様、メモの方でも確認させていただきます」
「頼む」
俺の手元にメールが届く。
発信元は俺のOS環境下で育った植物の検査を頼んだ会社の一つ。
他の会社からの第一報も既に届いているので、これで一通りの結果が出揃ったな。
と言うわけで、メモクシと一緒にチェックしていく。
「成分の濃密化はやっぱり起きていたか」
「薬効の強化……と言うよりは、大気中や対応している部位以外での分解を阻害する事で、長続きさせたり、より濃い風味を届けるような作用があるようですね」
「ただどうしてそんな結果になるかは不明。物理的作用ではなさそうなので、俺のOSの影響である可能性が濃厚、と」
届けられた結果に大差は……ないな。
縁のない複数の会社が同じような結果を出しているので、信頼性についても問題はないだろう。
なお、結果の見やすさについては会社ごとに少しずつ差がある。
尤も、見づらい会社はないので、これは俺との相性の話だな。
「短期的に害を為すような成分は検出されず」
「長期的についてはサンプル量と期間の問題で不明。ただ、過剰摂取で無ければ、問題は起きないと推定される、ですか」
「つまり食べられるという事ですね。それは良い事です」
「うんまあ、そう言う事にはなる」
分かり易く危険な成分は無し。
未知の成分の生産も確認されなかったため、少なくとも短期的な安全は確保されたと言ってもいい。
よって、ヴィリジアニラが喜んでいるように、食べる事は問題ないようだ。
うんまあ、この後の予定を考えれば、喜ばしい話ではあるな。
「ヘーキョモーリュのmodに対する溶解作用は確認できず。まあアレは『バニラOS』以外を対象にしたもので、俺のOS環境下で育てても俺のOSが対象外になっただけだしな」
「この点については、むしろ、他のOSに対してそのような作用があった事に対する驚きと、サタ様への感謝が記されていますね」
ヘーキョモーリュに限定した話だが、『バニラOS』に対する変質は確認できず。
あ、逆と言うか、『バニラOS』で成長したヘーキョモーリュをすり潰した液体に、俺のOS環境で育てた植物を漬けたところ、俺のOSの作用と思しき効果が失われたと言う話があるな。
で、この実験によってヘーキョモーリュの効能が確認されたので、色々と研究が始まりそうだと言う話になって……俺への感謝の言葉が届いているな。
「む、依存性に繋がるかもしれない作用」
「問題のない範囲のようですが、一応気を付ける必要がありますね」
「どれどれ……過剰摂取して薬になるものなどありませんし、当然の話では?」
此処からは少し気になる話。
どうやら、俺のOS環境下で育ったスパイスには、メンタルリセットとでも言うべき精神に対する作用があるらしい。
具体的には興奮していたり、悲しんでいたり、混乱していたりする状態の精神に作用し、落ち着かせる方向へ働くようだ。
と言っても、正規のその手の薬品ほどの効果はなく、そちらの方向へ少し誘導する程度のようだ。
が、精神に作用する効果には変わりないので、取り扱いには注意が必要らしい。
「サタ様。むしろこちらのが問題かと」
「あ、あー……まあ、俺のOSだしなぁ……」
もう一つ気になる話。
どうやら、俺のOS環境下で育ったスパイスを摂取した人間は、摂取した量に応じて一時間から二時間ほど、ブラスターmodとの相性が悪くなるらしい。
具体的には軌道が上下左右に1度から3度ほどランダムにブレ、出力も90%から102%ほどの間でブレるそうだ。
そのため、摂取して、代謝が完了するまでの間、ブラスターmodを使用しないように注意書きをする必要があるだろうとの事。
また、当然ではあるが、ブラスターmodを使用する可能性の高い一部の職業に就いている人間は、そもそも摂取するべきではない、だそうだ。
「……。宇宙船に搭載されているブラスターmodにも影響が出るとなると、確かに注意が必要そうですね」
「暴発や爆発が起きないだけマシだと思っておくべきなんだろうな、たぶん」
「なんにせよ、この程度なら、事前に注意をしておけば大丈夫な範疇かと思われます」
うーん、実に分かり易く俺のOSの厄介なところが出た感じだな。
まあ、致命的ではないからいいか。
「さて、他の情報としては……繁殖は出来ず」
「より正確には、『バニラOS』環境下で次の世代を育てると、元に戻ってしまう。ですね」
「当然ですね」
ある意味でこれは当然の話。
どうやら俺のOS環境下で生まれた植物を、『バニラOS』で引き続き育てる事は可能なようだが、育てて次の世代になると『バニラOS』で生まれた植物となり、俺のOSだからこそ発揮される効能が無くなるようだ。
かなり興味深い話のようで、関係各所に報告が飛ぶと同時に、俺への感謝も届いているな。
「とりあえずこれなら出すことは可能か」
「そうですね。問題はないと思われます」
「まずは安心、ですね」
さて、今更な話だが、今の俺たちは一つの目的があって、ジョハリスの運転でとある場所に向かっている。
そのとある場所と言うのは、帝星バニラシドのアンダー層。
目的は婚活舞踏会に割り込みで参加する対価として求められた特別な料理の材料の入手である。
「間もなくアンダー層の入り口に繋がるエリアっす。準備をして欲しいっす」
「分かりました」
うん、楽しみだ。
帝星バニラシドのアンダー層には、敢えて品種改良されていない原種……いや、野生種がたくさん残っていると言うから、本当に楽しみだ。




