242:敵の正体は?
「ある程度順を追って説明していくとしよう」
そう言うとチラリズム=コンプレークスは俺たち四人から少し距離を取って、自身の一挙手一投足が見えるような位置に立つ。
「えーと、そうだな。俺の主観の話にして数万年……いや、十数万年前か? まあ、とにかくだいぶ昔のことになるんだが、俺はこの世界の外側で貿易会社をやっていたんだ」
「ふむふむ」
「で、部下がいい感じに育ってきて、俺が居なくてもギリギリ会社が回るかどうかってぐらいにまでなったところで、ついつい魔が差してしまって……凡百の神じゃ知覚すら出来ない領域に遊びに行った」
「「「!?」」」
この瞬間、俺の中では早いところチラリズム=コンプレークスの代わりを務められる存在を探し出したり、システムを開発したりする必要があると、はっきり認識できた。
きっと皇帝陛下たちも同じことだったろう。
いやだって、自分が居なくてもギリギリ大丈夫かどうかを見極めた上で出奔するとか、この世界でも同じことをやりかねないと言う事だ。
その時が何時かは分からない以上、本当に急いだほうがいい。
「安心しろ。この世界には少なくとも後もう千年くらいは滞在するから」
そう言う話ではない。
後、ごく自然に人の心を読んでくるあたりに、格の差を思い知らされる気分だ。
「それで、その会社はどうなったので?」
「こっそり調べた感じではきちんと残っているし、経営も回ってる。ただ、一部の問題児たちが出奔して、自分のヘキに従って行動して問題を起こしている感じだったな。まあ既に新体制は出来上がっていたようだから、会社に関してはもう放置してるな」
「ちなみに生存とかの報告は?」
「してない。この世界に押しかけられて、文化とかの汚染が起きても困るし。俺が居なくても回ってる会社と俺が居ないとまだ駄目な世界なら、後者を優先するべきだろ」
「そ、そうですか……」
とりあえずチラリズム=コンプレークスがダメ人間と言うか、ダメ神なのはよく分かった。
その会社、もしかしなくても今も必死になって探し回っているんじゃないか?
育てられている世界に居る身で言うようなことではないかもしれないが、なんて可哀想な……。
「ゴホン。これまでの話から察するに。先ほど出て来たフナカ=コンプレークスとやらは、その貴方様の会社とやらに居た問題児、と言う事ですかな?」
「正解だ。この世界は俺と同格以上の神でなければ知覚できないように隠蔽されている。しかし、偶然辿り着く事は理論上あり得る。そして、どうやらフナカの奴は偶然に偶然が重なった結果として、この世界に辿り着いて見せたらしい」
いや今はフナカとやらについてだな。
外の世界からやって来た存在と言うのがどういうものか分からない以上、出来るだけの情報をチラリズム=コンプレークスから引き出す必要がある。
「どのような存在なのですか?」
「教えない」
「どのような姿をしているのですか?」
「ノーコメント」
「どんなOSを持っているのですか?」
「『バニラOS』に似ているが別のものだな。それ以上については口を噤む」
「「「……」」」
が、殆ど情報が出てこない。
と言うか、『バニラOS』にそっくりだが別物と言うのは、ニリアニポッツ星系の件で既に明らかになっている件だ。
「教えない理由は何故ですか?」
「教えなくても現生人類の実力なら何とかなると俺が判断しているからだ。適度な苦難は成長と発展には欠かせないもの。その苦難が俺の想定から少し外れたルーツを有していると言うのならなおの事。此処で全てを教えるなんて勿体ない真似、俺にはとても出来ない」
チラリズム=コンプレークスは笑顔でそう言った。
だが、非難すると言うか、なじる事は出来ないだろう。
あまりにも彼我の実力差がありすぎるから、どう詰めようとも、相手がこうと決めた事項をひっくり返すことが出来ないのだ。
正に神の所業ではあるが……なんて性格の悪い。
「ま、創造主の性格が悪いのは仕方がない事だ。そもそも性格が良い創造主は世界を創ったりなんてしないのだから。だったら、得た情報を生かして、どうやって対処するかを考えた方が効率的だと言っておくぞ」
「それはまあ、そうなのでしょうな……」
「情報があるだけマシ、と言うところでしょうか」
「はぁ……」
「なんと言うかお疲れ様です」
皇帝陛下も、皇太子殿下も、推定グレートマザーの機械知性も明らかに疲れた様子を見せている。
もしかしなくても、今までも裏ではこういうやり取りが行われていたのだろうか、なんかありそうだなぁ……そう言う事も。
「ああでもそうだな。これだけは言っておくか。奴の好物は人と人の仲が拗れて壊れる事。転じて、秩序だった世界が壊れる事だ。共存できる可能性なんてものは考えなくてもいいぞ」
「なるほど。それで『黒の根』やギガロク宙賊団と言った犯罪組織との繋がりも有しているわけですか」
「そう言う事。宇宙怪獣を生み出している力にしても……と、これは口を噤んでおくか。まだ早い知識だ」
「……」
後、当たり前のように宇宙怪獣が生まれるプロセスについても把握しているのか。
まあ、創造主……それも全知に限りなく近そうなタイプなら当然の事か。
「ま、わざわざ招いたことからも分かると思うが、人類側の戦力にはサタも含んである。一緒に頑張って、何とかしてくれ。なあに、仮に仕損じて帝国が滅んでも、人類滅亡と言うシナリオだけは避けてやるから」
「はぁ……かしこまりました。チラリズム=コンプレークス様……。ゴールヤマオーキン・エン・バニラ・P・バニラシドの名において、何とかして見せましょう」
「ああ、頑張ってくれ。見守ってる」
そうしてチラリズム=コンプレークスは去っていき、俺たちは気が付けば温室の通路に棒立ちになっていた。
なお、フナカは帝国の裏に居るのが強大な神である事は把握していても、自分がかつて所属していた会社の社長である事は知りません。
知れそうで知れないようにされています。




