239:創造主
「下がって!」
存在を知覚した瞬間。
俺はチタンスティックを取り出して構えつつ、自称変なおっさんと皇帝陛下の間に入る。
相手の実力が定かではないため、壁にもならないかもしれないが、それでもやれるべきことはやるべきであると判断したためだ。
「はぁ、貴方様の悪癖のせいで勘違いをされたようですな。朕は助けませんので、ご自身でどうにかなさってください」
「悪癖じゃなくて生態だ。あんな見つかるか見つからないか分からないチラリズムに溢れる瞬間があったなら、割り込まずにはいられない。それが俺と言うものだ」
だが、そうして警戒している俺の背後から発せられた皇帝陛下の声は、呆れを多分に含みつつも、親しみのあるものだった。
見れば皇太子殿下と機械知性も慌ててはいない。
となると……この自称変なおっさんは皇帝陛下の顔見知りという事か?
「さて、きちんと会うのはニリアニポッツ星系以来だな。サタ・セーテクス君」
「っ!?」
いや違う。
顔見知りなんてレベルじゃない。
いや、そもそも主従が違う。
普段感じている『バニラOS』と違いはないはずなのに、濃度がまるで別物なこれは……この感じは……。
「では名乗ろう。俺の名前はチラリズム=コンプレークス。この世界での表向きの役職は成人資格証発行機関の長。だが、もっと正しく実態を表すなら……創造主、あるいは神。そう名乗るのが適切だろうな」
宇宙怪獣だ。
それも、俺のような矮小な宇宙怪獣とは比べ物にならないような……いや、それどころか惑星サイズの宇宙怪獣ですら片手間であしらえるような、桁違いは桁違いでも累乗の部分で桁違いになるような……そんな途方もない存在だ。
だが創造主?
それはつまり、この世界を作った存在という事か?
そんな事を出来る存在がいるなんて……。
「まあ、創造主と言っても俺は虚無から作り出すタイプじゃない。混沌と虚無の端境にて起きた変化を観測と言う形で区切る事によって、偶然を除いては外部から干渉を受けないように世界を開闢するんだが、その際に任意のチラリズムを見出すことによってシード値を指定して……あ、理解できないと言う顔になっているな。じゃあ、止めておこう」
「???」
あ、うん。
深くは考えないでおこう。
俺の理解できる範疇をたぶん超えている。
「そうだな。この世界の中から観測できる範囲で話をするなら、俺はバニラ宇宙帝国が成立する前……だいたい一万年前くらいから、基本放任、要所でのみ手助けって形で、人間たちを支援してきた。分かり易いところで言えば、mod技術の原型とかな」
「!?」
「いい反応だ。mod技術の原型を与えた理由としては……」
「コホン。貴方様の話は宇宙の真理に通じるものですが、脱線する事があまりにも多く、長い。少なくともこの場で立って話すような内容ではないでしょう」
「……。それもそうだな。じゃ、きちんと座って話すか」
気が付けば、俺たちの背後に天幕、茶会のテーブルと椅子、お茶と茶菓子が一通り揃えられていた。
皇帝陛下が微かに驚いたように見える事を考えると、用意したのは自称変なおっさん……いや、チラリズム=コンプレークスであるらしい。
そして天幕の中に移動すれば、濃密な、けれど圧迫感の無い『バニラOS』の気配で満たされている。
なんと言うか、あまりにも別格過ぎて、どう反応すればいいかも分からないな。
「さて何処から話したものか……現皇帝陛下には話の長い爺だと言われてしまったからな……」
「朕たちと貴方様の関係性から話しましょう。サタ、これからする話は、この場に居る人間以外には知られるべきではない話だ。ヴィー相手でも話さないように」
「は、はい」
「まあ、バニラゲンルート子爵家は俺の存在そのものには気づいているけどな。長年仕えているだけの事はある」
「話さないように。いいな」
「はい……」
皇帝陛下がチラリズム=コンプレークスを睨みつけるが、当人はどこ吹く風と言う感じだ。
これだけでも、双方の力関係がよく分かる。
いやだが、流石に相手が悪すぎると言うものか。
mod技術の根幹を提供したと言う話が事実なら、現人類には抵抗手段などないのだから。
「ま、俺とバニラ皇帝一族の関係はシンプルだ。助言者と責任者だな。姿を現すのは、皇帝陛下と皇太子殿下の前にだけ。まあ近年はそこに機械知性のグレートマザーも加わったが、基本的な事は最初から変わっていない」
「そこは神と神官と言うべきでしょう。ありがたい事に好きにやらせてもらっていますが、皇帝の動きで致命的事象に繋がる事だけは止める。それと、現人類では抵抗できない事態にも対処してもらっています。代わりに……何を提供させられているのでしょうなぁ。朕たちは。その点だけはずっとお話にならない」
「対価については話しては意味がないからな。まあ、信仰ではないとは言っておくし、負債になるようなものでもないとも言っておくが。なに、順調に得られているから、安心してくれ」
「まったく安心できませんな。まあ、真実を話されても、朕たちが安心することはないのかもしれませんが」
王権神授説、と言うものが大昔にはあったと聞いている。
神から王としての権力を授かり、王は民に対して絶対的な権力を有すると言う考え方だ。
大昔に滅びた考えと聞いていたが……実際には古代から連綿と続いていたらしい。
ただ、そう言った説に出てくるような神々とチラリズム=コンプレークスは……まあ、別格なんだろうな。
何故か昆布茶がティーカップに入っているが、この状況でも飲んだ事が無いと言えるくらいに美味しいものだし、そんな物を平然と出せるところに本当に格の差を感じる。
とりあえずバニラ宇宙帝国の皇帝陛下と皇太子殿下は、こんなとんでもない存在と一生付き合い続ける必要があるという事は理解した。
大変だなぁ……。
「主、それに父上。また話が逸れています」
「ん? ああ、すまなかった」
「別に逸れても大丈夫だぞ。この世界の絶対的観測者である俺が此処に居る以上、時間の経過なんてどうとでもなるからな。好きなだけ話せばいいさ」
「ええぇ……」
なお、創造主ともなれば、当たり前のように時間を捻じ曲げて見せるらしい。
これで話が逸れないようにすると言うのは……本当に大変な事になるかもしれない。
「混沌は混沌ゆえに虚無と変化を内包する。
虚無は虚無足らんとするために混沌と変化を内包する。
変化なくば混沌も虚無も成立しえないために原初以前より有る。
混沌から虚無へと変化する最中、あるいはその逆では、あらゆるものの現出を垣間見る(チラリズムする)事が出来る。
この時に見るものを調整する事によって、任意の世界を確立する事が可能となり、世界を創造する事が可能である。
と言う具合に、力の規模さえ十分であるならば、後は能力の使い方次第で世界の創造ぐらいは簡単に出来るわけだ」(ドヤ顔っぽく見えそうな表情で語る創造主)
「?????」(宇宙が背景に出ている主人公)




