238:お茶会は平常進行
「えーと、ウチがヴィー様に雇われる前っすよね。となると……」
ジョハリスが自分の来歴を語る。
と言っても、そう変わった話は出てこない。
フラレタンボ星系のコロニー内で第一世代、無核のスライムとして自然に発生。
それから発生した施設の管理者に保護され、教育を受けて、諜報部隊兼『エニウェアツー』の社員として雇われ、その後はヴィリジアニラに合流をした、と言う話だ。
初耳なところだと、ジョハリスが受けた教育は機械のハードに関わるところがメインであったらしいと言うところだが、これにしてもジョハリスがこれまでにやってきたことを考えれば、自然に分かる事だしな。
「と言うところっすね」
「なるほど。中々に波乱万丈なこれまでだったようだね」
「いやぁ、波乱万丈具合で言えばヴィー様に雇われてからの方が……」
「そうですね。荒れ具合で言えばヴィー様に雇われてからの方が荒れていると思います。普通の人間は宇宙怪獣に関わることなどないはずですから」
「あはは……それはそうだね」
そう、皇太子殿下はジョハリスのこれまでを波乱万丈と称したが……その後を考えると、凪いでいると言ってもいいぐらいには平穏である。
残念ながら、ジョハリスの人生は既に一般的とは言い難いものという事だ。
「ではサタはどうなのかな? 君は宇宙怪獣だ。となると、ジョハリスが比べ物にならないくらいに荒れていそうではあるけれど……」
「いえ、そこまでではないですよ。少なくともセイリョー社に居た頃は。ただその辺は……」
俺はミゼオン博士へと視線を向ける。
それだけでミゼオン博士は察して、小さく頷いてくれる。
「そうだね。その辺はセイリョー社の機密にも関わってくるから、安易には口を出せない。ただ、サタにどういう教育を施してきたのかについては、社から許可を貰っているから、私が話すことは出来る。しかし、長くなるものであるし、専門的な物でもあるから……」
「なるほど。その件については、後でミゼオン博士、貴方の下に専門家を送りましょう。友好的な宇宙怪獣と交渉が出来るようになるかもしれない可能性を私は大切にしたい」
「分かりました。ではまた後日にしましょう」
うーん、なんとなくだが、これが皇太子殿下の目的の一つのように思える。
俺を呼び、ミゼオン博士を呼び、宇宙怪獣についての知見を深める、と言う感じだな。
もしかしたら、帝国のどこかで俺と同じように友好的な宇宙怪獣が生まれていて、教育の途中とかもあるのかもしれないな。
「私としては、ヴィーちゃんのそちら方面についても窺いたいところね。それも女性だけで念入りに」
「皇后殿下。それは……」
「私としても気になるところなので、話してもらえると助かりますね」
「母様まで……」
話はまた変わって、俺にはよく分からない方面へ。
えーと、女性だけでという事は……。
「そうか。ではこの場は一時皇后に任せて、朕はヒービィとサタを連れて離れるとしよう」
「そうですね。そうしましょうか」
「あ、はい。分かりました」
どうやら俺はこの場を離れるべきであるらしい。
と言うわけで、俺は皇帝陛下、皇太子殿下に続く形でこの場を離れる。
で、温室の外へと出るつもりはないからだろうか。
俺たち三人に付いてくるのは、メモクシではない機械知性の女性ただ一人のようだ。
「「「……」」」
で、俺たちは女性陣のやけに盛り上がっているように思える声を背景に、温室の中を歩いていく。
そうして、十分に離れたところで皇帝陛下が口を開く。
「ところでサタ。折角だから聞いておくが、君はヴィーの事をどう思っている?」
内容は……何とも返しづらいものだ。
「どう……とは?」
「好いているのか。好いているならば、どういう方向性で、と言う意味だよ。私としても少し気になるから、答えてもらえると助かる」
「なるほど」
さてどう返した物だろうか。
うーん、素直に答えるか。
「好いているのは間違いないと思います。着飾った姿を見れば見惚れる事もあります。けれど、それがどういう方向での好きなのかは……俺自身よく分からないです」
「分からない?」
「その、俺は宇宙怪獣ですので。この好きが一般的な人間の好きと同質のものであるかの判断は付かないのです」
「なるほど。だが、周囲の人間を見ていれば……ああいや、君の場合、まだそんな歳でもないのか」
「そうですね。俺はまだ生を受けてから七年も経っていないので、ちょっとよく分からないです」
素直に答えた結果。
皇太子殿下は納得がいったような顔をしている。
皇帝陛下は……どうしたものかと言うような顔をしている。
「うーん、少し下世話な話になるのだけど、サタは生殖関係についてはどうなっているんだい?」
「生殖関係ですか。この体についてはその部分の機能は付けてないですね。必要なら付けられますけど、求められない限りは付ける気はないですね」
「なるほど。本体は?」
「そっちは俺自身でもよく分からないです。何処かにあるとは思いますけど……そもそも雌雄があるのかも分からないんですよね」
「ふむふむ。宇宙怪獣だからこその悩み処って感じだね」
正直、性別関係はよく分からないものなのだ。
今の俺は生活上都合がよく、トラブルも起きづらいという事で、成人男性の人形をメインに使っているが、温室担当の俺は女性体と言うか少女だし、パワードスーツの俺は完全に無性だし、本体は雌雄の区別を付けようにも同種が居ないから分からない。
機能、構造、仕組みは分かっているので、作ろうと思えば作れるが……作る意味も現状ではないだろう。
「さて父上、どうします?」
「朕はこの件については皇后、ネイ、ヴィーから何か言われない限りは不干渉を貫く。これはもう当人が決めるべき事だ」
「そうですか。では私もそのように」
うーん、とりあえず交渉には成功したという事でいいんだろうか。
そう言う事にしておこう。
「向こうの話はどうだ?」
「まだまだ収まる様子が見られません」
「そうか。ではもう少し歩いているとしよう」
「分かりました」
俺たちは引き続き温室の中を歩く。
そうして歩いている間に、ちょうど温室を警備している全員の視線から俺たち四人の姿が見えなくなる瞬間があった。
そして、その一瞬の間に。
「じゃあ、ちょうどいいから、俺も話に混ぜてもらうとしよう」
「!?」
「来たか」
水色の髪の男性……ニリアニポッツ星系で出会った、自称変なおっさんが俺たちの背後に現れていた。




