232:サタの用事
「ではサタ。私たちはミゼオン博士の身なりを整える手伝いに行ってきます」
「ついでにウチたちの最終調整っすね」
翌日。
ヴィリジアニラ、ジョハリス、メモクシの三人はイセイミーツ子爵邸へと朝一番から向かった。
目的は翌日に迫ったお茶会に備えて、ミゼオン博士の衣装選びや化粧の調整、必要な注意事項の確認と言ったものをするためである。
なお、これらの作業はヴィリジアニラたち自身にも必要であるため、一日がかりの作業になるだろう。
「サタ様。既にヴィー様とサタ様の来訪は耳聡いものには伝わっています。どうかお気を付けくださいませ」
「ああ、分かった」
で、ヴィリジアニラたちがそんな状況の中で、俺は単独行動をする。
イセイミーツ子爵邸の現在の警備レベルは俺がその場に居ても居なくても問題はない状態になっているため、その間に俺が個人的にやらないといけない事を進めることになった形だ。
もしも何かあったら……まあ、転移で飛ぶだけだな。
「えーと……此処だな」
そんなわけで、情報端末が提示した通りにトラムを乗り継ぎ、しばらく歩いてやってきたのは、食品関係の工場が密集している区域。
その区域の中にある、食品の安全性を検査する事を専門とした会社だ。
「サタ様。本日はキブスセーフティ社へようこそ。ご用件はメモクシ様よりお伺いしておりますので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
アポイントメントを取ってくれたのはメモクシ。
必要事項についても一通り整えてくれたようで、俺がこの場でやるべきことはぶっちゃけ現物を手渡すことだけである。
「なるほど。こちらが異なるOS環境下で育てられた植物ですか」
「ええそうです。原種はミント、バジル、タイム、オレガノ、それからヘーキョモーリュですね」
と言うわけで、俺の温室で育てた植物の内、既に食用出来るほどに育った四つのスパイスとヘーキョモーリュを少量渡す。
見た目にはそこまで変わりはない。
香りや味についてもだいたい同様だ。
だいたいと言う言葉からも分かるように、少しだけ異なるのだが。
「俺自身が食べた限りでは強い毒性は有していないと思っています。また、事前に伝えた通り、これらの植物に起きた変化が一時的な物か恒久的な物かはまだ分かっていません」
「聞き及んでいます。また、我が社と同様の検査をセイリョー社含め、後二社ほどにお願いするとも」
「ええそうです。問題がありましたか?」
「いいえ、むしろ感心と安心を覚えるぐらいであります。サタ様は多様性の重要さと言うものをよく分かっていらっしゃる」
「えーと、ありがとうございます?」
「間違いなく褒めておりますので、ご安心くださいませ」
なお、セイリョー社、キブスセーフティ社、それと他にも頼むのは、万が一の事態が発生する可能性を少しでも下げるためである。
と言うのも、安全検査のやり方はだいたい統一されているが、試験者の僅かな差によって結果が異なったり、運としか言いようのない差によって危険が生じるのであれば、違う社で同じような検査をする事で炙り出せるかもしれないという事。
こうすれば、アレルギーのような個人の体質に依存する反応までは見抜けないかもしれないが、万人に共通して毒性を発揮するような部分については、十中八九知れると言ってもいい。
ヴィリジアニラたちに食べさせるならば、これは絶対に必要な事とも言える。
なお、同じような検査を異なる人間や社がやる事の大切さはセイリョー社で習ったことである。
再現性の確認だとか、原因究明だとか、安全確認だとか、そう言う事の確認には、異なる目線を持つ人間を増やして対応するのが、一番適切なのだ。
「本日はありがとうございます。サタ様。我々一同、全力で事に当たらせていただきます」
「ありがとうございます! 必ずや安全も危険も調べ尽くしてみせましょう!」
と言うわけで、同じ地区にある別の会社にも同様のものを渡して、検査を依頼する。
ちなみにだが、メモクシ曰く、今回選んだ三社は裏での繋がりもなく、仕事ぶりも真っ当であるため、検査結果が信頼できる会社との事。
検査結果が出るのは早くて一週間後との事なので、この件については待つとしよう。
「いただきます」
で、俺一人でやるべきことは終わったし、時間もちょうどいいという事で、道沿いにあるラーメン店に入って麺を啜る事にした。
「うん、美味しい」
匂いを嗅いでみて入った店だったのだが、醬油のいい香りがするスープと麺が良く絡んでいて、とても美味しい。
具材として乗せられているチャーシューや野菜炒めについても、スープが染み込むことでより美味しくなるように調整されつつ、麺とは異なる歯ごたえを伝えてくる。
「サタ・セーテクス殿ですね」
「……」
そうして食事を楽しんでいると、不意に見知らぬスーツ姿の男性が声をかけて来た。
背後に目を向けてみれば、同様の姿の男性が複数名居る。
ただ、彼らの一部は所属が異なるのか、睨み合いをしており、店の中の空気が張り詰めつつある。
「店主。美味しかった。食べきれなくて申し訳ない」
「そうかい」
俺は食べかけのラーメンを残し、少し多めの料金を払って、店を後にする。
僅かに震える店主も店員も、俺たちとは目を合わせようともしない。
で、俺が店を出るのに続いて、スーツ姿の男性たちも店の外に出る。
当然だが彼らは注文すらしていない。
正直な意見を言わせてもらおう。
俺は既に怒っている。
「サタ・セーテクス殿。我らが……ぐっ!?」
「「「!?」」」
「で? お前らの主は何処の誰だ? 人の飯の邪魔をするなら、それ相応の覚悟はあるんだろうな?」
故に重力制御modの応用で以って、全員揃って道路に膝をついてもらった。




