230:母から娘への情報 ※
今話はヴィー視点となっております。
「お久しぶりです。母様」
「久しぶりですね。ヴィー」
イセイミーツ子爵邸にミゼオン博士を預けた私たちは、私の生家であるバニラゲンルート子爵家へと向かいました。
場所は帝星バニラシドのミドル層の中でもトップ層よりで、皇帝陛下の居城である帝城に繋がる巨大柱の直ぐ近くです。
そして、子爵家に着いた私は、メモクシも居ない状態で母様と会う事になりました。
「近況は聞いています。巻き込まれているようですね」
「そうですね。ですが、それが私の役目ですので」
「大丈夫だとは思いますが、立ち回りは慎重になさい。何かあってからでは遅いのですから」
「はい」
母様は皇帝陛下に仕える侍女の一人であると同時に、何人も居る陛下の妾の一人です。
どうして母様と陛下が関係を持ったのかは知りません。
ただ、皇后殿下とは仲が良く、状況によっては皇帝陛下ではなく皇后殿下の手足として働くこともあると聞いています。
「それで話とは?」
「ミゼオン博士の件についてです」
皇帝陛下及び王子二名のミゼオン博士に対する無礼な申し出について、私は母様に告げました。
母様は目を瞑り、少し何かを考え……それから口を開きます。
「ヴィー」
「はい」
「舐めているのは確かです。ですが、表に出ている情報だけで全てを判断してはいけません。メモクシにも探れなかった情報があるように、貴方には提示されなかった情報もあるのかもしれないのですから。特にシンクゥビリムゾ王子の周辺はです」
「ですが……」
「ええ。反撃をすること自体は正しいです。あの手のは放置すると、もっと調子に乗りますから。ですが、感情に任せるのではなく、方法は考えなさいという事です。貴方の地位と実力で皇位継承権第二位相手に喧嘩を売るのは、流石に無理があります」
「はい……」
怒られてしまいました。
確かにもっといい手段……一方的に攻撃を仕掛けて、ダメージを負わせられるようなやり方はあったかもしれません。
敵対を避ける選択肢は……ないですね。
あのやり方に少しでも迎合するのは、百害あって一利なしです。
「一応言っておきますが、サタさんの力を過信することも良くないです。彼はあくまでも貴方に雇用されているから力を貸してくれているだけです」
「はい」
これは忠告ですね。
確かに最近の私はサタに頼り過ぎていたかもしれませんし、サタの力を自分のもののように振る舞っていたかもしれません。
心身を引き締め直す必要がありそうです。
「それに、貴方だけが宇宙怪獣と契約しているとも限りません。どうにもシンクゥビリムゾ王子の周囲には諜報部隊、バニラゲンルート家の者、機械知性でも認識できない、『姿なき協力者』も居るようですし」
「それはどういう……」
「そのままの意味です。彼の王子の保有している情報とこれまでの行動では導き出せないような結論を出してくることが時折ですが有ります。なので誰かの助言がある事は確かなのですが、その助言をしている誰かは見つけられない。だから『姿なき協力者』です」
そして警告。
『姿なき協力者』ですか。
時期次第ではそれこそ、行方不明になっているマガツキとの接触も考えるところではありますが……母様はマガツキを知っているので、また別の何かなのでしょう。
もしかすると、シルトリリチ星系に居る宇宙怪獣を発生させられる黒幕がそうなのかもしれませんね。
「『姿なき協力者』について他に分かっている事はありますか?」
「……。今、シンクゥビリムゾ王子に付いている『姿なき協力者』と歴代皇帝の愚考をすんでのところで止めて来た『姿なき教導者』は別ものです。思考やスタンスが真逆ですので。ただどちらも人智が及ばない領域に居ることも確か。私から言えるのはこれくらいまででしょうか?」
「?」
「皇帝陛下の今回の強硬策には『姿なき教導者』の影響もあるという事です」
「!?」
想定外の言葉に私の頭が混乱しそうになります。
『姿なき教導者』とはいったい……と言うより、そんな存在が居るだなんて私はまったく……。
「ヴィー。『姿なき教導者』は長年バニラ宇宙帝国の皇帝に仕えている我が一族だからこそ、察している事です。外では口に出さないように」
「は、はい」
それから母様は『姿なき教導者』について教えてくれました。
曰く、長いバニラ宇宙帝国の歴史の中では、愚帝と称されるような皇帝も中には居たと言う。
そして、そのような皇帝が立っている時に、他の政治機構や企業も腐敗がだいぶ進んでいた時期もあったと言う。
けれど、バニラ宇宙帝国は内部分裂を起こすことなく、今まで歴史を紡いでいる。
そこから探りを入れて、バニラゲンルート子爵家が辿り着いたのが『姿なき教導者』。
基本的には放任だけれども、本当にしてはいけない失策だけはしないようにと、皇帝陛下に助言を与え、場合によっては道を正している何者か。
機械知性のグレートマザーすらも干渉できず、正体を知っていても口を噤むような存在。
バニラ宇宙帝国の影の支配者とでも言うべき、けれど建国以来ずっと陰に潜んでいる何か。
それが『姿なき教導者』。
「それはもしかして……」
そんな存在として思い浮かんだのは、サタがニリアニポッツ星系で出会った自称変なおっさん、推定成人資格証の発行機関の長。
でも本当に建国からずっと陰に潜んでいるなら、そんな事が出来るのは……宇宙怪獣、ではないでしょうか。
そして、『姿なき教導者』が宇宙怪獣であるなら、同じような事を出来ている『姿なき協力者』もまた……。
「何か心当たりがあるようですね。ですが、私にも伝えないように。知らない事もまた武器になりますから」
「は、はい……」
ならどうして私には『姿なき教導者』の事を伝えたのですかと思わず言ってしまいそうになりますが、そこは我慢します。
今はどうしてこんな重要な話を私にしたかを考えるべきです。
ですが、その答えも直ぐに出ます。
もうじき……皇帝陛下たちとのお茶会で会う事になるからでしょう。
他に理由がない。
どうやら私は……いえ、私とサタは、いつの間にか人に干渉する宇宙怪獣と、干渉されている人たちによる争いの場に躍り出ることになっていたのかもしれません。
「では、話は切り替えましょう」
「はい」
あ、なんか母様の雰囲気が変わりました。
その、私が言うのもなんですか、非常に怖い気配です。
「次の話の内容は、皇帝陛下主催のお茶会に、事情と物と人員さえ準備すれば、まるで準備をしていない一般女性を呼んでも問題ないと考えている無知な男性陣たちへどのような制さ……コホン、警告を与えるかです」
「はい」
「ふふふ。この件については皇后殿下、皇太子妃殿下、グレートマザー、主要貴族の奥様方に娘さんたち、様々な方にお声がけをする必要がありますね。ああ、メモクシも呼びましょうね」
「母様!」
私と母様はメモクシも呼んで、どうするかを話し合いました。
これは……母様の手練手管を学ぶいい機会ですね。
しっかりと学ばせてもらいましょう。
03/24誤字訂正




