229:強かなヴィリジアニラ
「これは舐められていますね」
「……。舐められているとは?」
さて、イセイミーツ子爵が提示した二つの紙。
それらを見てから、ヴィリジアニラの雰囲気が怖い。
非常に怖い。
明らかに怒っている。
怒っているが、話が進まないので、俺はヴィリジアニラに声をかける。
「何もかもがです。まずはシンクゥビリムゾ王子の命令書。これは論外です。このような命令を出した時点で、帝室が企業たちから一斉にそっぽを向かれたとしても文句は言えません」
「そ、そこまでかー」
「そこまでです。代わりが居るとか、見つかるとか、一企業程度とか、帝星バニラシドのトップ層に支部もない企業とか、どうとでもなるとか、色々と思っているのでしょうけど、企業に所属している人間の身柄を一方的な命令で以って国が預かる? そんな事をする人間とマトモな取引をしたい人間がどれだけ居ると? 理不尽な取引の積み重ねで国が滅びるのが目に見えていますね」
「そ、そうかー」
「ふふふ、私の記憶が確かならシンクゥビリムゾ王子は秩序派とか強硬派とか呼ばれていたはずですけど、亡国派とでも名前を改めた方がいいんじゃないかしら?」
うんまあ、ヴィリジアニラが言いたいことは分かる。
今のバニラ宇宙帝国をバニラ皇帝一族が治められているのは、真っ当な交渉が通じるからだ。
もしも、皇族がマトモな取引が出来ない相手と化したら……最低でも貴族、企業、帝国軍、議会、民衆が協力したクーデターと言うか、引きずり降ろしが起きる事だろう。
勿論、皇族には何かしらのとっておきがあるのかもしれないが、そのとっておきが世界の全てを敵に回しても何とかなるようなものならば、皇族はもっと傲慢になれた。
だが現実はそうではなく、謙虚な在り方が普通となれば……そのとっておきは帝国を恐怖で統治できるようなものではないことは明らか。
うん、シンクゥビリムゾ王子とやらに対してヴィリジアニラがボロクソに言うのも納得だな。
「皇帝陛下は……まあ、シンクゥビリムゾ王子の命令書への対抗策も兼ねているのでしょう。だから、まだマシではありますが……」
「マシですが?」
「それでも、明後日に迫っているお茶会へと何の準備もしていない一般の女性を招くなど、常識がないと言わざるを得ません。ドレスは用意した? 化粧品も用意した? 人員も用意した? マナーも気にしない? そう言う話ではないでしょうに! 女性の準備が物を準備する程度で終わると思っているのなら、私は苦言を呈さざるを得ません。もっと他にやり方があったはずです!」
「あ、はい」
「正直、後で母様と皇后殿下、それと女性貴族の方数名にも相談をして、皇帝陛下に学習していただく必要があると考えています。メモクシ、貴方とグレートマザーも協力を」
「かしこまりました」
あ、皇帝陛下、南無です。
評価はされていますが、ヴィリジアニラは貴方にも怒っています。
でもまあ、確かに皇帝陛下とのお茶会ともなれば、準備の内容は衣装と化粧と人員だけじゃなくて、心と体にも及ぶよなぁ……。
ミゼオン博士は健全な研究と教育の為に体形のコントロールは出来ているが、誰もがそうとは限らない訳だし。
現状の日程と招き先では、それらに考えが及ばずにミゼオン博士を招いたと思われても仕方がないか。
「それと皇太子殿下も問題です。自分たちの方がより正当性がある事を示すために署名をしたのでしょうけど、皇帝陛下と同じように女性の準備に意識が回っていないと言う評価をせざるを得ませんね。これは後で皇太子妃殿下にも話を通しておく必要があるでしょう」
「……」
「理想を言うならば。皇帝陛下に苦言を呈し、署名をせず、と言う形であって欲しかったところですね。皇帝陛下の追従ばかりをしているようにも見られかねない」
「うわー……」
皇太子殿下も頑張ってください。
皇帝陛下よりも貴方の方がヴィリジアニラからの評価は下です。
でも確かに追従ばかりで、意見が出来ないと言うのは問題か。
追従ばかりでは周囲がどれほど反対しても押し通さなければいけないような何かがあった時に、通せなくなってしまうだろう。
それは皇太子殿下……次期皇帝としては問題がある事だろう。
こんな大局からすればどうでもいいと思われるような案件で、とか言われるかもしれないが……むしろ、どうでもいい案件で起きてしまうから、問題なのかもしれないな。
「イセイミーツ子爵」
「は、はい。何でございましょうか。ヴィリジアニラ様」
「ミゼオン博士の業務開始予定は?」
「……。通達ではお茶会の翌日からとなっています」
「私の名を使って構いませんので、三日以上の休みを設けてから動き出すように調整しなさい。ゴネるようなら、私は今回の件を企業たちに通達する用意があるとも」
「か、かしこまりました」
イセイミーツ子爵お労しや……。
今のところ、一番被害を受けているの、この人では?
俺個人としてはミゼオン博士の親戚と言うのを抜きにしても、助けてあげたい気分になってくる。
「では各自動きましょうか。ミゼオン博士、今日は此処でお別れです。私たちはこれからちょっとバニラゲンルート子爵家へと行ってこないといけませんので」
「ああ分かった。明日また会おう。打ち合わせとかもあるだろうしね」
「ええ、また明日。では、メモ、サタ、ジョハリス。行きましょうか」
「かしこまりました」
「わ、分かった」
「りょ、了解っす」
こう、何と言うか、これまではそう言う姿を見せていないから、思ってもいなかったわけだが。
ヴィリジアニラもやはり皇帝一族と言うか、強かなのだなと、俺は思わされた。




