228:胃痛のイセイミーツ子爵
「ヴィリジアニラ様、ミゼオン博士、それに従者の方々。お待たせしてしまって大変申し訳ない。私がイセイミーツ子爵です」
イセイミーツ子爵邸の応接室で待つこと一時間ほど。
息を切らしかけた様子の男性が応接室の中へと入って来た。
白髪が少し混ざり始めた髪の毛に、顔に浮かぶ汗からも、彼が非常に急いでこちらへとやってきたことが窺える。
普通の貴族なら、余裕が無くても余裕があるように振る舞うものだし、最低限の身なりを整えてから姿を現すものなのだが……まあ、待たせている相手の事を考えたら、文字通りに一刻も早くと考えたのかもしれない。
「初めましてイセイミーツ子爵。ヴィリジアニラ・ヴィスカ・バニラゲンルートです。遅れたことはお気になさらないでください。子爵邸の皆様のおかげでゆっくりと休むことが出来ましたから」
「初めましてイセイミーツ子爵。ミゼオン・コモン・アヴァロキタと申します」
ヴィリジアニラはメモクシ経由で何かしらの事情を把握しているのか、それとも表情に出していないだけか、気にはしていないと言う顔で対応している。
ミゼオン博士も咎めるつもりはない模様。
だったら俺から何かを言う必要もないな。
「寛大な対応に感謝いたします」
「いえ。ただ、何があったのかをお伺いしても? ミゼオン博士が何故招かれたのかまで含めて、今回の件に関する事一通り」
「勿論でございます」
イセイミーツ子爵が頭を下げる。
元から全てを話してくれそうな感じはあったが……うん、これもやっぱり俺から何かを言う事じゃないな。
と、思っていたら、イセイミーツ子爵が一度俺の方へと意図的に視線を向けて来た。
あ、うん。
この時点で幾らか察した気がする。
「では順番に説明させていただきます」
さてイセイミーツ子爵の話だが。
まず、セイリョー社が作り出した宇宙怪獣検知modである『異水鏡』を帝星バニラシドに設置する事は問題なく決まった。
万が一にも宇宙怪獣に襲われれば、帝国全土を揺るがしかねない場所だからだ。
この『異水鏡』はメモクシが使うものとは少し違っていて、大型かつ設置場所から動かせない代わりに、メンテナンスや調整が楽で、スライム種の協力がなくても十分な精度を有すると言うものである。
で、セイリョー社から送られてきた資料に基づき、帝星バニラシドの技術者たちが作成と設置をしたそうだ。
これが数週間前の事だそうだ。
「そして、いざ稼働してみたら、不可解なノイズが検出された?」
「そのように伺っています。帝星バニラシドの研究者と技術者だけでは原因も対処法も分からず、それゆえにセイリョー社から専門家を招こうと言う話になったようです」
「なるほど。妥当な話ですね。此処までは」
不可解なノイズと言うのは、メモクシも検知したアレだろう。
俺の視界の端にチラついたものを考えると、たぶんバニラシド星系に何かが居ると言う話になりそうな気がするな。
「そうですな。此処までは妥当な話です。事態が事態ですので、セイリョー社も対応できる者の中でも最も優秀な者を送る事を考えてくれていたそうです。そうなのですが……そこでシンクゥビリムゾ王子に割り込まれました」
「……」
あ、ヴィリジアニラの表情が険しくなったように感じる。
王子という事は皇帝陛下の息子の一人になるはずだが……仲が悪い相手とか、評判が良くないとか、そんなところだろうか。
ちなみにだが、ここまではイセイミーツ子爵は関わっていない話であるらしい。
普段の職務の範囲外だそうだ。
「王子が何を考えているか、何を知ったのか、何を狙っているのかは私には分かりません。ただ、そちらの男性の方、サタ様でしたか。彼が宇宙怪獣である事を知り、セイリョー社に所属している頃の教育係がミゼオン博士である事を知り、私がミゼオン博士の血縁である事も調べ上げ、今回のノイズの件に結び付けたようです」
「……」
なるほど。
やっぱりミゼオン博士が呼ばれたのは、俺との関わりがあるからか。
となると、『異水鏡』の整備にかこつけて、ミゼオン博士に危険が及ぶ可能性もそれなり以上に在りそうだな。
……。
うーん、俺が言うなと言われそうだが、シンクゥビリムゾ王子だっけ?
馬鹿では?
明らかに無理があると言うか、強硬策にもほどがあると思うんだが?
ヴィリジアニラの表情が良く知らない人でも分かるくらいに険が入ったものになっているし。
「それで貴方はシンクゥビリムゾ王子の依頼を受けたのですか?」
「受けざるを得ませんでした。と言うのも、今回の件は明らかに道理が通らない事です。なので皇帝陛下にもこれは良くない事だと陳情を上げたのですが……返って来たのがこちらでした」
イセイミーツ子爵が紙の書類を出す。
そこには、皇帝陛下、皇太子殿下、その他数名の貴族と言うかお偉いさんの名前が並んでいて、彼らもミゼオン博士を呼ぶことに同意している旨が記されていた。
ちなみにだが、この辺のやり取りは一切の電子的機器を用いずに行われたそうで、そのために機械知性であるメモクシでも探れなかったようだ。
「このような事はあってはいけない事なのですが……流石に皇帝陛下、皇太子殿下、シンクゥビリムゾ王子、私の上司たちに揃って頼まれて、必要な準備も既に整えられているとあっては……苦言を呈しつつも応じるのが限界でございました」
「……」
なんかイセイミーツ子爵が可哀そうになって来たな……。
と言うか、これだけの名前が並んでいても、言うべきことは言うを通している辺り、イセイミーツ子爵は十分に頑張ったと思う、うん。
「そうですか。陛下も……」
「はい。ただ、皇帝陛下と皇太子殿下はまた別のニュアンスを含んでいるような……そうですね。シンクゥビリムゾ王子とはまた別の意図でミゼオン博士を呼んだように思えました。個人的な主観ですので、あてにはなるかは怪しいですが」
「なるほど」
しかし今更な話として。
皇帝陛下と皇太子殿下、シンクゥビリムゾ王子、この三人は前二人と後ろの一人で別々の派閥のようなものになっている感じだな。
イセイミーツ子爵が分けて話しているように感じる。
うーん、この辺の内情は、後でメモクシに詳しく聞いておくか。
「そして最後に今日何故私が遅れたかと言えば……陛下たちからこれらを渡されたからです」
「……」
イセイミーツ子爵の背後に立っていた執事の男性が二枚の封筒を出す。
それは立派な花の紋章が刻まれた封蝋付きの手紙。
「驚いた。私もヴィリジアニラ様たちに並んで、お茶会へ出席する必要があるらしい」
「そうですか」
中身は……片方はミゼオン博士への招待状。
必要な準備は全て整えておくし、マナーも問わないから、来て欲しいと言うもの。
「そしてこっちは帝星バニラシドのmod研究所に移籍しないかと言うお誘い。いや、命令書だね。これは」
「へぇ……」
もう片方はミゼオン博士への命令書。
とりあえずヴィリジアニラは割と本気で怒っているようだ。
前者にも、後者にも。
うーん、とりあえず俺はヴィリジアニラの味方をしよう。
仕事抜きにしても、それが一番確実だし、間違いないし、俺の為にもなりそうだからな!
03/22誤字訂正




