222:どうしてミゼオン博士?
「母親と現当主が従兄妹、ですか。それは親戚には間違いないのでしょうが……」
「そうだね。微妙に遠い。それに私の名前から分かる通り、私は平民として育っているし、おまけにバニラシド星系にはこれまで足を踏み入れたこともない。これまでの人生では一応話には聞いていたけれど、実質的には縁が無かった話だ」
「なるほど」
ミゼオン博士とイセイミーツ子爵の間には一応血の繋がりがあるらしい。
しかし、これまでの人生に関わりが無かったと言うならば、他人よりは近しいが、ほぼほぼ無縁の相手とも言えそうだ。
「ただそれでもミゼオン博士を指名したという事は……やはりサタ関係でしょうか?」
「だろうね。他に私をわざわざ指名する理由が思い浮かばない。こう言っては何だけど、私より優れた研究者なんて幾らでも居るはず。私独自のもので、簡単に譲渡出来る可能性もない要素と言われたら、サタとの付き合いの長さしかないよ」
「となると、何を狙って来るかですが……」
「まあ、犯罪的なものについては考えなくてもいいと思う。交渉すれば十分に話が通じる相手なのに、脅して言う事を聞かせようなんて三流以下、報復を匂わせるのも二流のやり口だ。対価を出して自発的に協力させるのが最速で最適。帝国の諜報部隊でそれを分かっていない指揮官が居るとは思えない」
では、そんなほぼ無縁の相手を使ってまでミゼオン博士を呼び寄せる理由は?
まあ、ヴィリジアニラとミゼオン博士の会話通り、俺に関係する何かだろうなぁ。
俺はミゼオン博士の全てを知っているわけではないので、他に何かあるのかもしれないけれど。
「……。ミゼオン博士、帝星バニラシドまでの護衛はしますし、その後についても万が一の時には助力をさせてもらいます」
「そうだね。普通に考えればそう言う事は起きないはずだが、政争の中でもとりわけくだらない部類に巻き込まれる可能性もないわけじゃない。ヴィリジアニラ殿下に助けてもらえるなら、ありがたい」
「では、少し詰めましょうか」
「そうだね。詰めようか」
ヴィリジアニラとミゼオン博士が情報端末を取り出して、何か操作を始める。
たぶん、チャットの類でやり取りをしているんだろう。
至近距離に限定した通信にして、体で画面を隠せば、万が一にも外から情報を見られることもない。
この場でそのやり取りに干渉出来るとしたら……機械知性であるメモクシと、容器の中に情報端末を隠し持っているであろうジョハリスだけか。
まあ、俺が知る必要がある話があるなら、後で教えてもらえれば、それで問題はないな。
「ミゼオン博士は政治や官僚の世界にも踏み込めるのではありませんか」
「お褒めの言葉ありがとう。でも、その世界に私は興味がないから、遠慮させてもらうよ」
なんだろう、バチバチと言う擬音が聞こえそうな……いや、それとはちょっと違うか?
こう、表には出していないのだけれど、熱は高まっているような……?。
うーん……。
「ところでサタ。ちょっと疑問なんすけど、どうしてミゼオン博士の背後に居る人造人間たちはメイド服姿なんすか?」
「どうしてもなにも、セイリョー社では帝国法に従って、人造人間は製造から五年の勤労期間が明けた後に、一般市民としての身分を得れる。でも、得た後に出来る仕事がないんじゃ困りものだろ? だから、本人の資質と希望に合わせて、三年目くらいから職業訓練を始めるんだよ」
「つまり、あの人たちはメイド志望って事っすか?」
「そうなる」
と、ここでジョハリスが話しかけてきたので返しておく。
なお、服装からして彼女たちが給仕やメイド志望である事は間違いないが、セイリョー社で勤めていた以上、技能面だけでなく、慎重さ、手先の器用さ、身体能力、戦闘能力、学力と言った部分はある程度保証されていると考えていいだろう。
「話がまとまりました」
「「「……」」」
と、どうやらヴィリジアニラとミゼオン博士の間での話がまとまったようだ。
俺たちはヴィリジアニラの言葉を聞くために背筋を正す。
「私たちはこれからミゼオン博士を護衛しつつ、帝星バニラシドへと向かう事になります」
「……」
「帝星バニラシド到着後、私たちにも予定があるので常にとはいきませんが、可能な限りミゼオン博士に同行し、安全を確保します」
ふむふむ。
しかし、どういうやり取りがあったんだろうな?
普通なら、ヴィリジアニラは護衛に回る方ではなく、回される方だと思うんだが。
「理由はシンプル。状況がどうにも怪しいからです」
「怪しい、とは?」
「ミゼオン博士が受けた依頼の経緯を聞いていると、依頼を出さない訳にはいかない、けれど何かが起きそうだから対応できる人間が欲しい。そして、これらの事情を匂わせる程度に留めておかなければいけない、そんな状況が浮かびます。しかし、そんな状況になった原因は見えない。なので、怪しいとしか言いようがありません」
うんまあ、分かってはいたが、確かに怪しい。
「『異水鏡』に反応があったノイズ以外にも何かあるのか?」
「分かりません。あるかもしれませんし、ないのかもしれません。いずれにせよ、諜報部隊として対処するべき事態が発生している可能性は高い」
原因はなんでもあり得る。
原因がなんでもあり得る以上は、何が起きてもおかしくはない。
油断は一切出来なさそうだ。
「そう言うわけですので、油断せず行きましょう。何かは起きているはずです」
俺たちは同時に頷く。
そして、俺たちはミゼオン博士とメイド服姿の人造人間数名を連れて、『カーニバルヴァイパー』へと戻る事になった。




