205:覚醒する凶眼
「これ、下手に俺が踏み込まない方がいいな」
「そうですね。私もそう思います」
第六プライマルコロニーで、その場を守る帝国軍の部隊とマガツキとスーメレェが戦っている映像を見て、まず出て来た俺の感想がこれだった。
うん、死人は出ているのだけど、戦線は崩れていないし、ここで俺が飛び込んでも邪魔になるだけだろう。
そして、その後の港の被害を気にしない、徹底的な攻撃を見たら、こう言わずにはいられなかった。
「帝国軍コワイ」
「本当っすよねぇ……敵対とか絶対にしたくないっす」
「サタ様、ジョハリス様に同意します」
「えーと、三人とも? 部隊単位ならともかく、帝国軍全体が敵に回る事はまずないと思いますよ。ええ」
確かにヴィリジアニラの言う通り、敵対する事はないのかもしれない。
なにせヴィリジアニラは皇帝陛下の庶子であり、その関係性も悪いものではないのだから。
ただ、それとこれは別である。
怖いものは怖いのだ。
帝国軍の規模、生産力、発想力、作戦立案能力などを鑑みれば、たぶん俺の本体が相手でも似たような事が出来るぞ。
今、マガツキと戦っている兵士の一人一人を戦艦に置き換えるくらいにはサイズの違いはあるけれど、逆に言えばそれだけだからな。
絶対に対処はしてくる。
うん、俺の実力なら帝国軍から逃げることは出来るかもしれないが、戦うこと自体はやっぱり無理だこれ。
「む、逃げ……かかった」
「メモの方でも転移を確認しました。『ジチカネト』の艦内に逃げたようです」
と、ここでマガツキが転移を試みて、見事に俺の仕掛けた墨の網に引っかかった。
残念ながら、その場で押し留めたり、仕留めたりは出来なかったようだが、手傷を負わせた感覚はある。
それに、網に混ぜておいたヘーキョモーリュの影響で、専用のmod無しでは消せない臭いも付いた。
おかげで、何処へ行ったのかがよく分かる。
「行ってくる」
「サタ。私の方も準備をしておきます」
「ウチとメモクシはここから支援するっす」
なので俺はマガツキの直ぐ近くへと人形を転移させる。
ヴィリジアニラも温室へと向かって、パワードスーツの俺を何時でも操作できるように準備を整える。
ジョハリスとメモクシはここから各方面への連絡をする。
「さてここは……人の気配はないな」
俺が転移した先は……『ジチカネト』の中でも割と中枢部に近そうなエリアの通路だな。
ただ、まだまだ建造途中なのだろう。
ガワが無くて、外の宇宙空間が見えている部分もあれば、組み立て途中のように見える大型の機械も見える。
うーん、出来る事なら、あまり傷つけたくない感じの場所だな。
「ガハッ、はっ、うぐっ、ナニが、起きて……」
そんな通路にマガツキとスーメレェも居る。
ただ、俺の網に含ませておいた毒の影響で、スーメレェの皮膚は顔以外も焼けているし、マガツキの刃もところどころから腐食に伴う煙が上がっている。
それが見えるほどにダメージを受けているのだから、当然立ち上がる事も難しく、血反吐を吐きながら痛みに悶え苦しんでいる。
うーん、これはヘーキョモーリュの球根に含まれている作用も決まったかな。
とりあえず、帝国軍の人間が駆け付けるまでの時間稼ぎも兼ねて、会話を試みるか。
「俺特製の毒だよ。ただ特に効いているのはヘーキョモーリュの毒だろうな」
「毒……だと……」
反応があったな。
これまでマガツキは会話に応じる姿勢すら見せなかった。
なのに、急に応じるとなると、向こうもまた回復するまでの時間稼ぎのつもりか……毒の情報を仕入れることによる解毒も試みているか?
痛みを堪えながら、何とか立ち上がりつつあるが……まあいい、続けよう。
「ああ、毒だ。俺が調べた限り、『バニラOS』以外のOSを基礎に設計されたmodに対する融解成分とでも言うべき毒をヘーキョモーリュと言う植物は持っている。とは言え、低濃度、少量なら、一時的な不具合すら起こすことなく普通の代謝によって問題なく解消される程度の毒なんだが……今のお前だとそうも言っていられないみたいだな」
「グうッ……馬鹿な……ソンナ物があるわけが……」
「世界の不思議って奴だな。俺も最近存在を知った」
ヘーキョモーリュの球根に含まれる成分。
研究した結果分かったそれは、modを溶かす毒とでも言うべきものだった。
とは言え対象は『バニラOS』以外のOSに対して、つまりは宇宙怪獣にだけ作用する毒と言ってもいい。
おまけに球根一個当たりの量では、クソ不味い程度にしか感じないぐらいには微量な毒なので、たぶんだが、野生環境では、ヘーキョモーリュが生えている惑星に宇宙怪獣が直接齧り付くのを阻止するくらいしか力がない事だろう。
なので今、マガツキに対して多大な効果を上げているのは、俺が地道な作業で成分を濃縮した上に、マガツキが刀一本分のサイズしかないと言う極めて小さい存在だからに過ぎない。
なお、まだまだ研究途中なので、他にも色々と隠れていそうな感じではある。
ま、それよりも今重要なのはだ。
「さて、そんな毒が回っている状態で、お前は身体制御modをどこまで扱える?」
「……!?」
この毒によってマガツキの身体制御modが機能不全を起こせば、スーメレェを操る事すら叶わなくなる。
この事実だ。
「くっ、コンナ……コンナところで我が復讐が……」
マガツキに毒が回っていく。
これはもうこのまま決着を迎えそうだ。
その後の処理はマガツキの能力もあるので、細心の注意を払う必要があるが、基本的に俺が取り扱うようにすれば問題はないだろう。
そんな事を思いつつ、俺は眺め続ける。
やがて、マガツキを手に持つスーメレェの体が前のめりに倒れていき……。
スーメレェの頭上で光るノイズ塗れの輪っかが消えて……。
「イイエ、いいえ。復讐は……」
「っ!?」
一歩、前に足を出して踏みとどまった。
「終わらない。この程度ではニンゲン共への復讐は終わらない」
「……」
マガツキが操って……違う、スーメレェ自身の意思で背筋を伸ばし、顔を上げている。
Swの影響である光る輪っかが再び現れて、別の形を取り始めている。
「あんなケダモノ共をニンゲンとする連中への復讐は、我が遺骸を盗み穢したヤカラへの復讐は、ニセモノである事にも気づかない愚か者への復讐は……終わっていない。諦められない。止めるわけにはいかない……」
「……」
俺は自分が冷や汗をかいているのに気付いた。
これは恐怖だ。
常軌を逸した何かが起きている事に、俺は恐怖している。
そしてこの『バニラOS』とも、俺のOSとも、マガツキのOSとも異なるOSの威圧感。
間違いない。
だがまさかこのタイミングで……いや、このタイミングだからなのか?
ただ一つ言えることがある。
「メモクシ、シブラスミス星系のお偉いさんに『ジチカネト』は諦めるつもりでいてくれと伝えてくれ。マガツキよりよっぽどヤバいのが出て来た」
「認識したニンゲンは全員斬り捨てる。それが我ら……シュウ・スーメレェの在り方だ。我らが……」
本体の脚が斬られるリスクを負ってでも、本体でとっとと叩き潰すべきだった。
これはそう言う相手だ。
「我ら自身がそう決めた」
全身に真っ赤な襤褸と血霧を纏い、焼け爛れたような傷を肌に帯び、両手に変貌を遂げたそれぞれ武器を持ち、頭上に複数の歪んだ弧を組み合わせて作られた赤く輝く輪っかを持った、元エルフの少女にして、新たな宇宙怪獣となったシュウ・スーメレェ。
シュウ・スーメレェはそう言いつつ、マガツキだった刀をその場で雑に振り払い……。
「っ!?」
ただそれだけで、絶対に刃が届いていないと断言できる距離に居た俺の体が真っ二つにされた。




