201:スーメレェ
「ふあっ……」
俺は目を覚ます。
と同時にマガツキの異相空間に仕掛けてある罠の状態をチェックするが何もなし。
俺の本体、人形、温室、エーテルスペースから眺める周囲のリアルスペース状況、いずれも異常なし。
少なくとも俺が即座に認識できるレベルの異常事態は起きていないようだ。
「おはようございますサタ」
「おはよう、ヴィー。護衛に戻る」
「慌てなくても大丈夫です。そこまで状況は動いていませんので」
俺はヴィリジアニラの近くに移動。
ヴィリジアニラ、メモクシ、ジョハリス、三人とも自分の情報端末に資料は広げているが、慌てている様子は見られないし、疲れている様子も見えない。
なるほど確かに、即座に動き出す必要があるほどに状況は動いていないようだ。
「そこまでって事は、逆に言えば、少しは進捗はあったのか?」
「はい。メモクシ」
「はい。説明させていただきます」
メモクシが一つの資料を出す。
映っているのは、整った顔立ちの金髪の女性……耳の尖り具合からしてエルフのようだ。
「彼女の名前はスーメレェ・コモン・クランレス。現在、マガツキが肉体として使っているであろう少女です」
「特定できたって事か」
「はい。残されている証拠から考えるに、彼女の可能性が一番高いとの事です」
確定ではなく、可能性が高い、ね。
断定できないのは、あの個人コロニーで行われていた行為の特殊性故にだろう。
連中が几帳面に記録を残してくれているならともかく、そうでなければ、正確な被害者の数を把握する事すら難しいだろうから、これはもう仕方がない。
「一応、彼女の来歴を述べておきますと、スーメレェはシブラスミス星系第一プライマルコロニー出身の18歳で、コロニーの外に出たことはありません。記録上では一週間ほど前に意識不明の状態で発見され、その三日後に原因不明の疾患により死亡したことになっており、家族の要望で遺体は既に焼却されています。事件性はあったものの、異常は発見できなかったようです」
「つまり、一週間前に誘拐され、事前に作られていたスーメレェと同じ姿の人造人間がその場に残され、死亡。家族はそうと気づかずに遺体を処分してしまった、と。本当にあの個人コロニーの連中は虫唾が走るな」
「同意します」
「本当っすよね」
「その点についてはサタの言う通りですね」
スーメレェは純粋に被害者だ。
彼女には何の落ち度もない。
勿論、彼女の家族についても同様だ。
悪いのは100%、あの個人コロニーの連中とその関係者である。
「それでスーメレェとマガツキは見つかったのか?」
「見つかっていません。第六プライマルコロニーまたは『ジチカネト』船内の何処かに居ると思われますが、それ以上は不明です」
「『異水鏡』の反応は? これまでから考えて、マガツキが何かしらのmodを使ったなら、反応はあるはずだろ」
「反応なしです。ジョハリス様抜きの常時探査には引っ掛かりませんし、定期的にジョハリス様にも協力していただいて高精度かつ残滓も利用した探査を行っているのですが、そちらにもかかりません」
「なるほど」
スーメレェとマガツキの行方は不明。
これは……異常だな。
マガツキ自体は適当なケースに納めれば隠れられるだろうが、スーメレェ自身が隠れるには、治安維持に関わる人員だけでなく、機械知性の目にもなる各種監視カメラも避けなければいけない。
これを成し遂げている時点でもう異常だ。
そして、それを成し遂げるのにマガツキがmodを使ったのなら、『異水鏡』にも引っ掛かる。
だが、そちらへの反応もない。
「んー……」
「サタ様。マガツキはサタ様のように新しいmodを作り出せると思いますか?」
「どうだろうなぁ……modの作成には専門的な知識と設備が必要だ。設備は宇宙怪獣の力で何とかなったとして、マガツキを手にした人間はマガツキの為に知識を使うとして……その中にmodを作る知識を持っている人間は居ないはずだ。仮にマガツキが斬った人間からも知識を奪えるとしても……厳しいと思う」
では新しいmodか?
いや、マガツキに作れる感じはないな。
仮定を重ねても……あの個人コロニーの連中の中にmodを作れる人間が居たとは考えにくい。
そもそも、普通のmod作成知識で作ったのではマガツキのOSでは動くか怪しいし、それだけじゃ『異水鏡』からは逃れられない。
うん、ないと思う。
となるとマガツキの手持ちで何とかするしかない訳だが、マガツキの手札となると身体制御modに、シールド貫通modに……。
「もしかして身体制御modの応用で、転移の前にスーメレェの顔を変えたか? 出血や苦痛を考えなければ、理論上は行けると思うが……」
「「「……」」」
俺は頭の中で計算する。
計算して……骨の破壊と生成、脂肪の燃焼、肌組織の新陳代謝、血流の調整……ああうん、理論上は出来てしまいそうだな。
とは言え、出来るだけだ。
出来るだけで……とてもではないが、マトモな使い方ではない。
マガツキのこれまでを考えるなら、思いつきさえすれば、普通にやりそうではあるが。
「スーメレェの顔を変えている可能性について連絡をしておきます。ただ、メモたちが見つけ出すべきは、極論ですが、スーメレェではなく、マガツキの方です」
「それは分かってる。だから今は待つしかない。そうだろ?」
「はい」
いずれにせよ、現状は待つしかないか。
「ところでサタ。スーメレェを救う事は可能だと思いますか?」
と、ここでヴィリジアニラが俺に尋ねてくる。
スーメレェを助ける事が可能か否かか……。
「本人を見てみない限りは何も言えないな。ただ、出来ると思って動かない方がいいとは思う。マガツキの身体制御modは俺が読み取った通りなら、書き換えで、不可逆の反応を脳に与えることになるからな」
「そうですか……」
残念ながら、出来ると言う事は俺には出来ない。
しかし、スーメレェは本当に悲惨な状況だな……どうにかしてやりたいと思うが……何かあるか?
俺は自分に出来る事を思案しながら、状況が動くのを待つことにした。




