200:チェンジリング誘拐 ※
本話はヴィー視点となっております。ご注意ください。
「と言うわけだ。とりあえず対マガツキ用の罠は張った」
「そうですか。サタ、お疲れ様です」
個人コロニーから戻ってきたサタは、見るからに疲れ果てた様子で中であったことを私たちに話してくれました。
ただ、その内容は明らかに何重ものオブラートで包み隠したものであり……だからこそ、サタが見たものが如何に凄惨な物であったのかが想像出来ました。
「それでだ。悪い、ちょっと一時間くらい休憩させてくれ。罠は維持しておく」
「分かりました。ゆっくり休んでください」
なので、サタが自ら休むことを選んだのを止める人間はこの場には一人も居ませんでした。
私の許可を得たサタは部屋の隅で横になり……寝息も立てずに眠り始めます。
恐らくですが、エーテルスペースに居るサタの本体も今頃は眠っている事でしょう。
「……。はぁ、予想以上の……いえ、存在して欲しくないような劇物が出て来てしまいましたね」
「本当っすねぇ……サタは詳細をぼかしまくっていたっすけど、それってつまり、ぼかさないとヤバい状況ばかりだったという事っすよねぇ……」
「サタ様が疲れ果てるのも納得としか言いようがありませんね。メモにも現地の機械知性から情報が伝わってきているのですが、酷いとしか言いようがない状況ですので」
私たちは揃って溜息を吐きます。
マガツキを追っていたら、弾圧派の中でも更に異端の……存在を絶対に許容できない集団の拠点にぶつかってしまったと言う状況ですが、あまりにも……酷過ぎる。
メモからはマガツキの方がよほど人間味に溢れているなんて意見が流れてきているのですが、それに納得しそうになってしまうほどです。
「と言うか、この弾圧派が取っていた誘拐の手法って、チェンジリングって奴っすよね」
「ええそうです。人間を誘拐し、誘拐した人間を基にした直ぐに死んでしまう人造人間をその場に残すと言う、極めて陰湿で凶悪な手法です」
チェンジリングと言う誘拐手法は此処数十年、帝国内で問題になっている手法です。
なにせ、被害者が人造人間に換えられていると気が付かなければ、原因不明の記憶喪失からの病死として処理されてしまい、事件そのものが明るみに出ない可能性すらある。
そして、入れ替えと言う手法から分かるように、被害者を家族の下へ返すつもりが最初からない犯罪手法でもある。
連れ去られた人間は道具や奴隷として生きているならマシな方で、最悪の部類になるのが、今回の弾圧派のような連中に捕まった場合になるのでしょう。
「亡くなった方々に黙祷を。私たちに今出来るのはそれくらいです」
「そうっすね」
「かしこまりました」
私たちは静かに祈ります。
そして、祈りを終えたところでジョハリスが口を開きました。
「で、結局のところ、マガツキの目的って何なんすかね? 今回、個人コロニーで暴れまくったのは偶然っすよね?」
「そうですね。個人コロニーで暴れたのは偶然です。本来なら、直接第六プライマルコロニーか『ジチカネト』に乗り込むつもりだったとは思いますが……そうなると、それらでの破壊工作が目的でしょうか?」
「ヴィー様。それならば一人目が第五プライマルコロニーで暴れる理由がないかと。一人目は刀剣専門の美術商でした。彼を操っていたならば、合法的に第六プライマルコロニーまでマガツキを持ち込めたはずです」
「それもそうですね……」
私は改めて第五プライマルコロニーで起きた事件の資料を広げます。
マガツキに操られていた男性は、メモの言う通り、刀剣専門の美術商でした。
最初に斬り殺された男性はごく普通のサラリーマンで、美術商の男性との関わりは公私どちらでも確認できず。
サタが接触する直前に殺された二人の警官についても同様で、関係性は無し。
では、これらの人物のいずれかに弾圧派との関わりがあるかと問われれば、そちらも当然なし。
少なくとも、これまでの使い手と被害者の間には何も繋がりは見えません。
「んー、マガツキを美術商に売ったのは何者なんすか? 当然調べてあるっすよね?」
「はい、勿論調べてあります。ジョハリス様」
マガツキを美術商に売ったのは、別の星系の美術商……と言う事になっています。
この別の星系と言うのが、シブラスミス星系から少々離れた星系であるため、今はまだ捜査の命令が届いて動き始めたかどうかと言うところでしょう。
ただ、恐らくですが此処はクロ。
そして既にマガツキに関係している人間は逃げ出していると思われます。
また、その美術商と、最初の使い手にされた美術商の間には運送業者が一人挟まっているのですが、この運送業者は完全なシロと言うか、むしろ優良な運送業者である事が分かっています。
彼からの証言で気になるのは、運送の際には発送元が準備したケースから決して出さないようにと言う指示があった、と言う点でしょうか。
このケースには何かがありそうなので、現地当局が行方を追っているのですが……見つかっていません。
「つまり、出元は探れず、本体の行方を探るしかないって訳っすか……」
「そうなります。現在機械知性が連中の撮っていた映像から、現在の所有者を割り出している最中ですので、それが終われば進展があるかと」
「機械知性でも時間がかかると言う辺りに、あのコロニーの連中の酷さが分かるっすね」
「そうですね。機械的に処理しようと努めてなお、負荷がかかっているようです」
「今回の件が終わったら、直接関わった方々には慰労金の一つでも出すように陛下に掛け合うべきかもしれませんね……」
現状確かな事としては、今回壊滅した個人コロニーの一件はごく限られた人間以外には知らされない事件となる、これくらいでしょう。
本当に、あまりにも酷い有様だったようですから。
そうして私たちはサタが目覚めるまで待ち続けました。




