197:展開されるOS
「ヴィー。場合によっては俺だけ向こうへ跳ぶべきだと思っているんだが、どうだ?」
「……。そうですね。これからの状況次第ではそれも検討するべきですね」
俺は本体を第六プライマルコロニーの近くへと移動させておく。
マガツキの切れ味を考えると、俺本体での接触はしたくないところだが、現地の対応によっては俺が出て破壊を試みた方が総合的には被害が抑えられる可能性が高いからだ。
で、そのマガツキは個人コロニーの中で何かをしているのが現状なわけだが……。
「ヴィー様、サタ様。治安維持部隊が向かっていますので、今しばらくは待ってください。サタ様が向かうのは、仮にでも現地の状況が判明してからで十分です」
「分かってる。だから、第六プライマルコロニーに接近したところで止まってる」
俺の本体は第六プライマルコロニーの近くに到着した。
エーテルスペースから覗いて見えた限りだと、建造中の『ジチカネト』に動きは見られないが、その周囲にある軍船の幾つかに動きが見られ、マガツキが居るであろう個人コロニーへと向かい始めているようだな。
『ジチカネト』の周囲を警備している帝国軍の部隊なら他の部隊よりも装備が充実していそうだし、マガツキの存在も把握しているのなら、何とでもなりそうか。
そんな風に俺が思った時だった。
「むっ」
「これは……」
「ちょっ、なんすかこれは!?」
「っ……!?」
マガツキが居るであろう個人コロニーから、異なるOSの領域が凄まじい勢いと厚みで広がっていく。
領域は遠目には板のような形をしている第六プライマルコロニーを両断し、『ジチカネト』の巨体も一部ではあるが飲み込むように広がった。
そして、十数秒間、領域は展開され続け……やがて『バニラOS』に飲み込まれるかのように掻き消える。
「状況を確認するぞ。とりあえず俺の本体から見えるレベルでは被害は確認できない」
俺が居るエーテルスペースに影響はない。
第六プライマルコロニー及び『ジチカネト』、それと巻き込まれた宇宙船の見た目に変化は無し。
少なくともパッと見て分かるような損傷は与えられていないようだ。
「メモに異常はありませんが、第六プライマルコロニー内に居る機械知性数名から、領域展開中、意識が遠のくような状態になったと言う報告が上がっています」
「ウチも大丈夫っす。『異水鏡』にも影響はないっすね」
機械知性には影響あり。
だが、命に関わるようなものではない。
となれば、他の人間についても同様と考えていいだろう。
「ヴィーは大丈夫か?」
「大丈夫です。これはたぶん私の目が良すぎるせいですね。此処からでも第六プライマルコロニーで何かがあったと感じるような圧が見えてしまっただけなので」
「無理はしなくていいからな」
「問題ありません。正直なところ、驚かされたと言う感覚が殆どなぐらいですし」
ヴィリジアニラが影響を受けたのは、視覚に関係するmodが強すぎるせいか。
となれば、ヴィリジアニラ同様に感覚強化が多重に入っている人間にも影響は出ていそうだな。
だがそれも一時的なもので、それ単体では命に関わる事はなさそうだ。
「ヴィー様。現地と連絡が取れましたが、普通の方々には何か異常があったという事も分かっていないようです」
「そうですか。つまりこれは一部の相手だけを狙った、かく乱の類と考えるのが妥当そうですね」
で、大抵の人間はそもそも異なるOSの領域が展開されたことにすら気づいていない、と。
まあ、事象破綻のような特異な現象が発生していないのなら、分からない方が普通か。
「そうですね。恐らくですが、こちらの動きが早過ぎたことで、何かしらの感知方法があるとマガツキに知られたのでしょう。そして、今のは、こちらの感知方法に対する反撃かと」
「なるほど、膨大な情報量でこっちの感知方法を焼き尽くすってところっすか。それと、展開した領域内で転移する事によって、こっちが感知できない方法で逃げたってのもありそうっすかね?」
「両取り狙いかもな。破壊の方は『異水鏡』の性能が高いから効きはしないが、それでもあの領域の中だけでマガツキが転移したなら、足取りは追えない」
「直ぐに個人コロニーの中を確かめてもらいましょう。もしも個人コロニーの中にマガツキの姿がないのなら、第六プライマルコロニーか『ジチカネト』の内部に逃走した可能性が高いですから」
ヴィリジアニラの要請が伝わったのか、個人コロニーに向かっていた帝国軍の宇宙船の動きが僅かながらに早まる。
と同時に、メモクシ経由で機械知性たちが動き始め、第六プライマルコロニーと『ジチカネト』の中で不穏な動きがないかの一斉捜索が始まったようだ。
「……はい、では。サタ。帝国軍の船が個人コロニーに接舷次第、接舷した船の中へと転移して一緒に内部の探索をお願いします」
「分かった」
加えてヴィリジアニラが許可を取ってくれたらしい。
俺が現地へと向かう許可が下りた。
なので俺も転移の準備を整える。
「ヴィー。言わなくても分かっていると思うが……」
「はい、サタが戻ってくるまでは、私たちはこの部屋から離れないようにしておきますし、来客にも応じません。状況が動いた以上、最大限の警戒をするべきですから」
「うん、言うまでもなかったな。じゃあ、ちょっと行ってくる」
個人コロニーへ船が接舷。
閉ざされている個人コロニーの入り口を爆破して突破するのが見えた。
なので俺もヴィリジアニラから指定されたポイントへと転移した。